各国首脳らが公務で乗る公用車は、その国を代表する顔だという。米国大統領の乗る専用車「ビースト」は、厚さ12センチの防弾ガラスで守られ自動小銃を備えている。日、米、英、独で使用される公用車の歴史を辿った。本稿は、鈴木均『自動車の世界史』(中央公論新社)の一部を抜粋・編集したものです。
戦前のアメ車一辺倒から変わり
世界のトヨタが総理を運ぶ
各国首脳が公務で乗る公用車は、その国(の自動車産業)を代表する顔である。パブリック・ディプロマシー、わかりやすく言えば、賓客に対する「おもてなし」の一部であり、トップセールスも兼ねている。
日本では戦前戦中、国民が英語をはじめとする敵性言語の使用を禁じられていた時代にもかかわらず、歴代総理大臣はビュイックやパッカード、クライスラーなどアメリカ車を公用車としていた。
占領地にて調達したアメリカ車が使われることもあった。この状況は終戦後もしばらく続いたが、日産がイギリス製のオースチン車を53年にライセンス生産すると、これが岸信介の公用車となった。
1967年、トヨタの創業者、豊田佐吉の生誕100周年を祝い、センチュリーが登場すると、すぐに公用車として採用され、2008年洞爺湖サミットを前にレクサスLSハイブリッドにバトンタッチするまで、長く公用車として君臨した。
センチュリーは日本車で唯一、V型12気筒エンジン(スポーツカーの直列6気筒エンジンをV字型に2丁掛けした構造)を積み、片肺だけでも走行可能な軍用車並みのフェール・セーフ機構を備え、唯一無二の最高級車だった。
レクサスLSハイブリッドが後任に選ばれたのは、優れた燃費に代表される環境性能の高さ、信頼性、静粛性、上質な室内空間と言われており、日本を代表するにふさわしい車だからであろう。
2018年に登場した3代目センチュリーも再び公用車に復帰しているが、総理大臣公用車がEV(あるいはFCV)に世代交代し、AIの操縦で目的地に向かうのは何年後のことだろうか?
アメリカのキャデラック・ワンは
軍用車並みの武装で大統領を守る
アメリカ合衆国大統領が乗る公用車は、大統領専用機がエアフォース・ワンと呼ばれるように「キャデラック・ワン」、あるいはその圧倒的なスペックとフル武装から「ビースト」と呼ばれ、大統領を護衛するシークレットサービスが運用・保管している。
16年5月にバラク・オバマが現職大統領として初めて広島を訪れた際も、本土からエアフォース・ワンで運ばれてきた。歴代大統領が核兵器の発射ボタンを携行し、世界一の決定権限を持つ人物であるならば、世界で最も命を狙われる人物ともなる。歴代の公用車は、軍用車並みの装備を与えられてきた。