タクシーが捕まらず、夜道をあてもなく歩いた。とても不安な旅ではあったが、帰国してからテレグラムという逃亡犯御用達のチャットツールで「本を出したい」とゴーンから連絡が来た。あの時、即決してなければゴーンの本は日本で出版されることはなかった。

 同じく逃亡犯だったガーシー(東谷義和)。一刻も早く本を作るために取材制作はZOOMで行った。本は発売と同時に爆発的な初速を叩き出す。そして、わずか1カ月で10万部を突破し、初めてドバイまで会いに行った。

 ガーシー本を制作する前、さまざまな人から警告を受けた。業界の重鎮からも「ヤクザが動いているから気をつけろ」と一度だけ警告された。ガーシーに会うためにドバイに出かけると、そこには有象無象の魑魅魍魎がうごめいていた。

「1000億円を持っている」という触れこみの高校生と会った。全身ルイ・ヴィトンをまとう小太りの少年は「親が華僑で異常な資産家なうえに、彼も小さい時にビットコインに投資して1000億円資産がある」と言われていた。

 金ピカのスマホを持ち、クルージングを楽しむ。ドバイのビルを指差して、「あれ買ったんですよ」と言う。「腕相撲で負けたら1億円」という勝負を吹っかけられて、実際に目の前で6億円分の仮想通貨を送金していた。「世の中にはとんでもない高校生がいるもんだ」と驚きながら日本に帰国した。のちにその高校生はポンジスキームの詐欺師であったことが判明した。

 ガーシーに告発に来た港区女子、日本に帰れなくなった者。ドバイには胃もたれしそうなモンスターが集まる。サバンナの野生動物は弱いものから順番に喰われるように、獲物になるのは誰だと互いに睨み合うような土地。こういう人たちとつきあっていると、ときに危険を感じることもあるし、神経が消耗して疲弊する。

安全があるからこそ
最後のバランスを見失わない

 しかし、僕は結果を出すためには、危険地帯にいることが大事だと信じていた。

書影『かすり傷も痛かった』『かすり傷も痛かった』(幻冬舎)
箕輪厚介 著

 ある年末に見城さんファミリーとハワイに行き、毎日のように食事を共にした。

 あの見城さんが仕事では見せない柔らかい表情をしている。帰国して、お礼のLINEを送ると、「箕輪、ファミリーは大事だよ」と返信がきた。

 僕は面白いコンテンツを生み出したかったら安全安心な場所を持ってはいけないと半ば強迫観念のように思っていた。しかし人に見せないだけで戦う人はみな安全安心な場所を持っていたのだ。

 安全があるから賭けに出られて、安心があるから最後のバランスを失わないでいられるのだ。