多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

相手の悩みを聴いて、「わかるわかる!」と応えてはならない“深い理由”とは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

単に「聴く」だけでは、「傾聴」はできない

「よい傾聴」をするためには、相手の「気持ち=感情」を聴くことが大切ですが、実は「聴く」だけでは足りません。相手の話を聴いて、こちらが何を感じたのかを「伝える」必要があります。つまり、相手だけに「気持ち」を自己開示してもらうのではなく、こちらも自分の「気持ち」を自己開示しなければならないのです。

 なぜなら、相手に「本音の感情」を語ってもらうということは、相手を裸にするに等しいからです。にもかかわらず、聴き手側は「本音の感情」を語らず、裸にならないのではまったくもって対等ではありません。相手に「本音の感情」を語ってもらうには、こちらも自己開示をすることで裸にならなければならないのです。

やってはいけない「自己開示」

 では、聴き手はどんな自己開示をすればよいのでしょうか? もちろん、それは、住所、年齢、家族構成といった、スパイが調べればわかるような単純な身元情報ではありません。あるいは、話し手が語ってくれた体験と似た「自分の体験」を伝えることでもありません。そうではなく、相手の話を聴いて、「今ここ」における自分の「気持ち」を開示することが大事です。

 例えば、相手からこんな悩みを聞いたとしましょう。
「中学受験目前の息子が、模擬試験の成績が悪いにもかかわらず勉強せずゲームばかりしている。父親として叱ってでも勉強させたいが、それでは長続きしないのはわかっている。自分としても息子の自発性を大切にして見守る寛大な父でありたい。しかし、このままでは息子が合格するとは思えない。口を出すべきか、我慢すべきか……」

 これに対して、次のように「自分の体験」を伝えるのは「よい自己開示」とは言えません。
「私にも似たような体験がありましたよ。娘が成績が悪いのに勉強せずゲームばっかりしていた。私の場合は怒ってゲーム機を取り上げたのですがね。効果ありませんでした」

東日本大震災で学んだこと

 なぜ、「自分の体験」を伝えてはならないのか? 私には、それを如実に学んだ経験があります。東日本大震災の数週間後、私はがれき処理のボランティアで10日間ほど岩手県を訪れたことがあるのですが、その時、隊長にこんな注意をされたのです。

「皆さん、もし被災者の方が『津波で父親を失いました』と話された時に、決して『わかるわかる』と言わないでください。『私も父親を癌でなくしたのでわかります』と言わないでほしい。津波で家族を失くす体験と、病気で家族を失う体験は、まったく違うのです。それだけは気をつけてください」

 たしかにそうだと思いました。すべての体験は「独自」で「特別」です。その個別性を無視して、「わかるわかる!」と一般化して、理解したふりをするのは「傾聴」ではありません。相手の体験・経験には個別性があることを認識することこそが、相手をリスペクトすることであり、それが「よい傾聴」へとつながっていくのです。

「今ここ」における自分の気持ちを伝える

 では、先ほどの悩みに対して、どのように言葉を返すといいのでしょうか?

 私ならば、例えばこんなふうに伝えるでしょう。
「息子さんが全然勉強をしないんですね。その話を聴いていると、僕も○○さんになった気分で腹が立ってきましたよ。そして、少し悲しい気持ちになってきたなぁ。なんだか子 どもを思う気持ちを無視されているようで……がっかりしています」

 このように、「今ここ」における自分の気持ちを開示すればいいのです。つまり、話し手に感情移入し、話し手が経験したことを追体験しながら、自分の中に湧き起こってきた怒り、悲しみ、恐れなどの「気持ち=感情」を伝える。それこそが、本来の自己開示なのです。

 ところが、職場における「1on1」の場において、部下の話を「分析」したり、頼まれてもいない「助言」をしてばかりで、自分のなかに湧き起こる感情をひとつも伝えない上司に対して、部下が心を開こうとしないのは当然のことです。「分析」や「助言」などをするよりも、部下の話を聴いて「こんな気持ちになった」などと、「今ここ」における自己開示をすることのほうがよほど重要なのです。

自分の感情に気づけているか?

 組織開発 (Organization Development)の理論の中に、「ユースオブセルフ(Use of self)という方法論があります。それは、組織変革の当事者が、ツールやフレームワークを頼りに変革を行うのではなく、自分が感じた「違和感」や「大切に思う点」などを活かしていくという考え方です。

「よい傾聴」に不可欠な自己開示もまさにユースオブセルフ。聴き手が、相手の話を聴いたことによって、自分の心の中に湧き起こった自然な「気持ち=感情」を使う。そのようなユースオブセルフが「よい傾聴」をするうえではきわめて重要なのです。

 しかし、これは簡単なようで意外に難しい。
 聴き手が話し手のストーリーを聴きながら追体験すると同時に、自らの心の声を聴きそれを表現する。それができるようになるためには、聴き手自身が自分の心の声を聴けていることが必要だからです。「今、自分はどんな気持ちなのだろうか?」「怒っているのか? 悲しいのか?」という自問自答ができていなければなりません。自分の中に湧き起こった「気持ち=感情」を伝えるのにも経験と技術が必要なのです。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。