老兵は前線で犠牲になり、兵隊は女王を守るために「自爆」する…何百万年も果てしなく続くアリとシロアリの“あまりにも苛烈な戦い”とは
女王の部屋の決死の戦い
アリはシロアリにとって恐ろしい敵である。兵アリによる防衛線をアリに突破されてしまうと、数千、多ければ数百万もの個体から成るコロニーが全滅の危機に陥る。
シロアリの兵アリと直接、戦うのは、働きアリの中でも大型の「メジャー・ワーカー」と呼ばれるアリたちだ。
その間に、小型の「マイナー・ワーカー」たちは、防衛線をすり抜けて巣の中へと侵入していく。シロアリの働きアリは、兵アリに比べると戦闘力がはるかに劣るが、それでも捨て身になって必死に巣を守る。侵入して来たアリに噛みつき、肢にしがみつく。
巣の内部へと侵入したアリたちは、その心臓部に向かって進軍する。巣内の幹線路では決死の戦いが繰り広げられる。大混乱の中、コロニーの存亡を賭けた戦いが続くのだ。
万一に備え、働きアリたちは、女王と王のいる部屋を泥で密封する。女王と王がアリたちに襲撃されるのを防ぐためだ。その間にも戦いは激しさを増す。
兵アリたちは、噛みつく、噛み切る、粘液をかけるなどの手段で応戦するが、戦いが激しくなると、さらに異常な手段を使うことがある。
ある研究によると、兵アリたちは、敵に向かって排泄物を浴びせかけることがあるという。それにどういう効果があるのかはよくわからない―化学的信号が発せられることで、多くの働きアリを呼び寄せることができるのかもしれないし、あるいはアリの士気を下げる効果があるのかもしれない。
最大の防衛策
だが、もっと効果的な防衛策は、シロアリが自らの身体を爆発させることだ。
シロアリの中には、年老いた個体がアリに噛みつかれた時に「自爆」する種がいる。この個体は、銅を含むタンパク質を内包した青色の外嚢を背負っている。
アリに噛みつかれた時にこの外嚢を破裂させるのだ。この結果、流れ出た物質と唾液が引き起こす連鎖反応によって生じた有害物質が敵に浴びせかけられることになる。
戦いが激しい分、必然的に双方に犠牲者が多く出る。シロアリが仮にアリを撃退できたとしても、シロアリのコロニーは弱体化し、その後はさらに攻撃を受けやすくなる。
いずれにしろ、アリの目的は必ずしも、シロアリのコロニーを全滅させることではない。アリはいくつものシロアリのコロニーを順に攻撃することもある。そしてどのコロニーも全滅させない。そうすれば、常に攻撃対象となるシロアリのコロニーが存在し続けることになる。
戦いが終わり、撤退する際、アリたちは戦利品―戦って死んだ何千というシロアリたちの死骸だ―を持ち帰る。これは皆、アリたちの食料となる。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉を編集、抜粋したものです)
40億年を生き延びた生物が教えてくれること――訳者より
ある日突然、この世界から自分以外の人間が消えたら、と想像したことが誰でも一度くらいはあるのではないだろうか。
自分以外に人がいないとまず、電気が来ない、水道もガスも出ない。電車もバスも走らない。しばらくは生きられるかもしれない。食料はスーパーなどに行けば一応、ある。日持ちのするものもなくはないし、水はある。ただ、それも時間の問題だ。そう長くは生きられないに違いない。
人間は支え合って生きている。つまり人間は「社会的な動物」である、ということだ。それは精神的な意味だけでなく、もっと切実な物理的な意味でもそうだ。群れを成し、集団で生きる動物なのである。どれほど孤独を好む人ですらそうだ。
社会的な動物と聞いて思い浮かべるのはどの動物だろうか。よく知られているのはハチやアリだろうか。動物園でサルの群れを見たことがある人もいるだろう。オオカミやライオンも群れを成すし、イワシなどの魚も水族館で大群で泳いでいるのを見ることができる。集団で生きているものを社会的な動物と呼ぶのだとすれば、そうでないものをあげる方が難しいかもしれない。
本書はアシュリー・ウォード著“The Social Lives of Animals”の全訳である。直訳すると「動物の社会生活」となるタイトル通り、オキアミやバッタからチンパンジー、ボノボに至るまで様々な社会的動物の生態を詳しく解説してくれる。
だいたい進化の順(人間から遠い順)に並べているのだと思うが、読んでいて感じるのは、結局、どの動物も共通の祖先から生まれた親戚なのだなということである。もちろん、種ごとに大きな違いはあるのだけれど、本質的な部分に違いはない。人間もそこに含まれる。著者も文中で言っている通り、人間と動物の違いは量的なものでしかなく、質的なものではないということだ。
四十億年の時を超えて生き延び、今、生きているのだから、方向はそれぞれに違えど皆、必要にして十分な進化を遂げてきたのである。その意味で等価だ。どの生物も違う歴史をたどればまったく違ったものになっただろう。いずれも偶然の産物である。
皆、生き延びて子孫を残す、という目的は共通なのに、置かれた環境、経てきた歴史の違いにより私たち人間とどれほど違った、どれほど驚異的な生態の動物が生まれたのか、本書はそれを教えてくれる。
本書は一応、分類すれば「ポピュラー・サイエンス」の本ということになるのだが、読むのに高度な科学知識は必要ない。もちろん著者は専門の研究者として極めて科学的に研究をしているのだが、その成果の一つである本書は、言ってみれば「異文化理解の本」になっているからだ。
相手は人間ではなく、人間とは異種の動物たちだが、それぞれがどのような社会を作りどのように暮らしているかを知る、という意味では、外国の文化、社会を知る、というのと本質的には同じである。自分と異質なものを知りたいという好奇心のある人ならば誰でも楽しめるし、得るものがある。
本書にはもちろん、知らなかったことを知る喜びがあるのだが、単に雑学知識が増えるということではない。最も大事なのはそれまでになかった新たな視点が得られることだろう。視点が増えれば、長期的には人生がまったく違ったものになる可能性がある。本書が読者にとってそういう一冊になれば訳者にとってこれ以上の喜びはない。
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「「渡り鳥がVの字で飛行する際の驚くべき省エネ戦略や、ライオンの子殺しの真相など、次々と「動物のひみつ」が明らかになり、人間や動物の社会性って何なんだろうと考えさせられる。辞書のように分厚い本だが、あれよあれよという間に読み進んでしまい、感動の読後感が残った」(竹内薫氏・サイエンス作家)
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「突き抜けた動物愛を持つウォード博士の視点は、まさに独特。目次を見ると「シロアリは女王のために自爆する」「ゴリラは自分の罪をネコになすりつける」「クジラは恨みを忘れない」など、どれも興味深いものばかりです。厚さ約4センチで、読み応えたっぷりの一冊」(中村未来氏)
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山極壽一(霊長類学者・人類学者)
「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」
橘玲(作家)
「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」
サンデー・タイムズ紙
「非常に印象的な本だ。ウォードは動物を細部までよく見ていて、生き生きと書いている」
ガーディアン紙
「魅力的で並外れた物語。サイエンスの面白さを伝えるとびきりの贈り物だ」
ウォール・ストリートジャーナル紙
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スティーブ・ブルサット(エディンバラ大学教授・古生物学者、ニューヨークタイムズ・ベストセラー著者)
「著者は動物が一般に考えられているよりもずっと社会的であることを明らかにする。最新の科学に深く切り込みながら、古い固定観念を打ち砕く。著者が描くのは、牙と爪で血の色に染まった自然ではなく、協力と協調にあふれた自然の姿だ」