生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」山極壽一氏(霊長類学者・人類学者)、「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」橘玲氏(作家)と絶賛されている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。(初出:2024年4月19日)
エイを分け合う
シャチは極めて高い知能を持つ動物なので、食べ物に合わせて驚くべき行動を取る場合もある。ニュージーランド付近の海でシャチはエイを多く食べる。
エイはサメに近い魚だが、特徴は身体が平たいことで、その身体は海底での採餌に役立つ。賢いシャチは、このエイの特異な生態そのものを利用してエイを襲うのだ。
シャチは器用にもエイの身体を上下逆さまにする。上下逆さまになったエイは催眠状態になり、無防備になってしまう。いわゆる「トニック・イモビリティ」の状態になるのだ。
シャチが二頭一組でエイを襲うこともある――一方がエイの尾に噛みつき、海底から引っ張り上げ、もう一頭がエイの頭に噛みついて殺す。
シャチは仕留めたエイをまるでピザのように集団で分け合って食べる。
ホホジロザメを殺す
同様の手法を駆使するシャチは他の地域にもいる。サンフランシスコに近いファラロン諸島沖で起きた出来事がその証拠だ。
そこは、世界最大のサメであるホホジロザメが集まる場所だ。
ホホジロザメの大きさはシャチとほぼ同じである。現場を見た人の話によれば、シャチはその恐ろしいサメの身体を逆立ち状態にし、催眠状態に陥らせてから殺したという。
実に便利な方法である。
この事実だけで、シャチという動物がどれほど賢く、どれほど優れた学習能力を持っているかがよくわかる。
北大西洋には、深海で越冬するニシンの巨大な群れを協力し合って分断させ、扱いやすい小さな集団にしてから襲うシャチもいる。
群れを分断したシャチは次に、獲物たちを海面近くまで追い込む。シャチたちは、ニシンの周りを円を描くように泳ぎ回って逃げ道を塞ぎ、噴気孔から出す泡で幕を作り、時々白い腹を見せることで目くらましをする。
シャチに驚かされ、容赦なく追い込まれたニシンの群れは一箇所に小さくまとまる。
シャチにとっては、たやすくとどめを刺せる状態になるわけだ。シャチは尾びれをむちのように強く振って、ニシンを驚かせ、強い圧力で脳震盪を起こさせる。
あとは動かなくなった獲物を好きなように食べるだけだ。
シャチが仕事を終えたあと、ザトウクジラがパーティーに乱入してくるのは珍しいことではない。 クジラがタイミング良く上昇し、突入してくれば、巧みにニシンを集めたシャチの努力はすべて無駄になる可能性が高い。
ザトウクジラの巨大な口なら、ニシンの群れを一気に食べることもできるからだ。
シャチの中には、自分より大きなクジラを襲う者もいるが、ニシンを食べるシャチならばまったく恐れる必要はない。
シャチのとてつもない戦略
哺乳類を標的とするエコタイプ(生態型)は、魚を標的とする者とはまた違った課題に直面する。
アザラシやクジラなど高い知能を持つ動物を獲物にする場合には、狩る側に高度な戦略が必要になる。シャチが実際に採っている戦略はとてつもないもので、世界中の映像作家たちが撮影に挑んでいる。
たとえば、パタゴニアでは、シャチは、アシカの乳離れの時期を狙って繁殖地へとやって来る。
無邪気なアシカの子どもが生まれた陸地からうっかり海へと飛び出すのをただ待っているわけではない。自ら陸地へと近づいて行くのだ。
多数のシャチが一斉に猛スピードで陸地に近づくと、波の勢いでそのうちの一頭が海岸に上がることができる。アシカたちが驚いて混乱が生じたところで、油断している個体を捕まえるのだ。
一方、南極には、チームワークと高度な物理学の知識を活かして、アザラシを浮氷から叩き落とすシャチがいる。
シャチは集団で一斉に浮氷に向かって突進して、大波を起こす。すると、その波でアザラシが海に落ちることもあるし、氷が転覆することもある。
いずれにしても、海の中に来れば、シャチは簡単にアザラシを食べることができる。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉を編集、抜粋したものです)
40億年を生き延びた生物が教えてくれること――訳者より
ある日突然、この世界から自分以外の人間が消えたら、と想像したことが誰でも一度くらいはあるのではないだろうか。
自分以外に人がいないとまず、電気が来ない、水道もガスも出ない。電車もバスも走らない。しばらくは生きられるかもしれない。食料はスーパーなどに行けば一応、ある。日持ちのするものもなくはないし、水はある。ただ、それも時間の問題だ。そう長くは生きられないに違いない。
人間は支え合って生きている。つまり人間は「社会的な動物」である、ということだ。それは精神的な意味だけでなく、もっと切実な物理的な意味でもそうだ。群れを成し、集団で生きる動物なのである。どれほど孤独を好む人ですらそうだ。
社会的な動物と聞いて思い浮かべるのはどの動物だろうか。よく知られているのはハチやアリだろうか。動物園でサルの群れを見たことがある人もいるだろう。オオカミやライオンも群れを成すし、イワシなどの魚も水族館で大群で泳いでいるのを見ることができる。集団で生きているものを社会的な動物と呼ぶのだとすれば、そうでないものをあげる方が難しいかもしれない。
本書はアシュリー・ウォード著“The Social Lives of Animals”の全訳である。直訳すると「動物の社会生活」となるタイトル通り、オキアミやバッタからチンパンジー、ボノボに至るまで様々な社会的動物の生態を詳しく解説してくれる。
だいたい進化の順(人間から遠い順)に並べているのだと思うが、読んでいて感じるのは、結局、どの動物も共通の祖先から生まれた親戚なのだなということである。もちろん、種ごとに大きな違いはあるのだけれど、本質的な部分に違いはない。人間もそこに含まれる。著者も文中で言っている通り、人間と動物の違いは量的なものでしかなく、質的なものではないということだ。
四十億年の時を超えて生き延び、今、生きているのだから、方向はそれぞれに違えど皆、必要にして十分な進化を遂げてきたのである。その意味で等価だ。どの生物も違う歴史をたどればまったく違ったものになっただろう。いずれも偶然の産物である。
皆、生き延びて子孫を残す、という目的は共通なのに、置かれた環境、経てきた歴史の違いにより私たち人間とどれほど違った、どれほど驚異的な生態の動物が生まれたのか、本書はそれを教えてくれる。
本書は一応、分類すれば「ポピュラー・サイエンス」の本ということになるのだが、読むのに高度な科学知識は必要ない。もちろん著者は専門の研究者として極めて科学的に研究をしているのだが、その成果の一つである本書は、言ってみれば「異文化理解の本」になっているからだ。
相手は人間ではなく、人間とは異種の動物たちだが、それぞれがどのような社会を作りどのように暮らしているかを知る、という意味では、外国の文化、社会を知る、というのと本質的には同じである。自分と異質なものを知りたいという好奇心のある人ならば誰でも楽しめるし、得るものがある。
本書にはもちろん、知らなかったことを知る喜びがあるのだが、単に雑学知識が増えるということではない。最も大事なのはそれまでになかった新たな視点が得られることだろう。視点が増えれば、長期的には人生がまったく違ったものになる可能性がある。本書が読者にとってそういう一冊になれば訳者にとってこれ以上の喜びはない。
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☆日本経済新聞夕刊・書評掲載(2024/4/11)☆
「「渡り鳥がVの字で飛行する際の驚くべき省エネ戦略や、ライオンの子殺しの真相など、次々と「動物のひみつ」が明らかになり、人間や動物の社会性って何なんだろうと考えさせられる。辞書のように分厚い本だが、あれよあれよという間に読み進んでしまい、感動の読後感が残った」(竹内薫氏・サイエンス作家)
☆ダヴィンチWEB・書評掲載(2024/4/10)☆
「突き抜けた動物愛を持つウォード博士の視点は、まさに独特。目次を見ると「シロアリは女王のために自爆する」「ゴリラは自分の罪をネコになすりつける」「クジラは恨みを忘れない」など、どれも興味深いものばかりです。厚さ約4センチで、読み応えたっぷりの一冊」(中村未来氏)
☆世界各国で絶賛続々! あなたの世界観が変わる瞠目の書!!☆
山極壽一(霊長類学者・人類学者)
「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」
橘玲(作家)
「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」
サンデー・タイムズ紙
「非常に印象的な本だ。ウォードは動物を細部までよく見ていて、生き生きと書いている」
ガーディアン紙
「魅力的で並外れた物語。サイエンスの面白さを伝えるとびきりの贈り物だ」
ウォール・ストリートジャーナル紙
「あらゆる場面で読者を驚かせるものが待っている。この本を支えているのは、著者のストーリーテリングの天賦の才能だ」
スティーブ・ブルサット(エディンバラ大学教授・古生物学者、ニューヨークタイムズ・ベストセラー著者)
「著者は動物が一般に考えられているよりもずっと社会的であることを明らかにする。最新の科学に深く切り込みながら、古い固定観念を打ち砕く。著者が描くのは、牙と爪で血の色に染まった自然ではなく、協力と協調にあふれた自然の姿だ」