生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」山極壽一氏(霊長類学者・人類学者)、「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」橘玲氏(作家)と絶賛されている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。
アフリカの夜、ライオンの鳴き声
それはアフリカでの最初の夜だった。「バンダ」と呼ばれる伝統的な円形の小屋の中で横になり、動物たちの出す音に耳を澄ませていた。近くには私と同じように眠らずにいる動物がいたのだ。
私は警戒していた。共に同じバンダにいた二人の研究者は先に到着していて、賢明にも窓から離れたベッドを選んで寝ていた。
私の頭は、開いている窓のすぐそばにあった。窓には棒が渡してはあるが、ガラスはなく、とても安心はできなかった。
冒険好きなヒヒが来て、私の頭に手を伸ばしたとしたら、その棒ではとても止められないだろう。きっと髪の毛をかき回されてしまう。
あるいは、進取の気性に富むヒョウが前足で私の顔に触れることも止められないに違いない。
夜中には発電機が止められていたので、完全な暗闇になっていた。何も見えないので、ただ音だけが窓を通って流れ込んで来る。
そこは中央ケニアの森の中であり、何か物音がすればそれはすべて動物たちのたてる音だ。
ホーホー、クワックワッ、ブーブー、キャンキャンといった鳴き声とともに、草木のカサカサという音、そして時折、小枝の折れる音も聞こえる。どれも私には新鮮で、まったく聞き慣れない音ばかりだった。
クワックワッという音は、ハイエナの声ではないかと思った。私は嬉しかった。その、誤解されることも多いが、実に魅力的な動物に是非、会いたいと思っていたからだ。
やがてまた別の音が聞こえた―説明の必要のまったくない音だ。その音を聞くと、私の奥深くに眠っていたであろう原初の感情が呼び起こされるようだった。
遠く離れていても、それがライオンの吠え声であることはよくわかった。
人食いライオン
暗闇の中に響く吠え声は、他に似たもののないほど素晴らしく、そして恐ろしかった。
私はすぐに昔読んだ「ツァボの人食いライオン」のことを書いた本を思い出した。ツァボは、私の寝ていた場所からそう遠くはない。
一八九八年の数ヵ月間に、ツァボ川の架橋工事に携わった多数の労働者たちが二頭の人食いライオンの犠牲になったという事件があったのだ。
夜の闇に紛れてライオンはキャンプに忍び込み、叫び声をあげる労働者をテントから連れ去って行った。
結局、イギリス陸軍将校で工事の現場総監督だったジョン・パターソンがライオンたちを退治するまでの間に、三〇人近い労働者が殺されることになった。
パターソンは、キャンプのそばで寝ずの番をして、ついにライオンを退治することに成功したのだ。だが、ライオンは手強かった――二頭のうち一頭は、六発の銃弾を受けてもまだ生きていた。
そのことが頭にあったので、私はその晩、どうしてもトイレに行くことができなかった。
ほとんど類のない体験
遠い祖先の記憶があるせいで、ライオンを本能的に恐れてしまうのではないか、などと考えたくもなる。かつては、アフリカだけではなく、南ヨーロッパから中東、インドにかけての広範囲にライオンがいた時代もあったからだ。
現在のライオンの近縁種ですでに絶滅したホラアナライオンはヨーロッパ全土に分布していた。
一九五〇年代には、トラファルガー広場の下からも化石が見つかっている。
私の大昔の先祖は、このホラアナライオンのすぐそばで暮らしていたのだろう。先祖たちは窓に渡された棒すらもないところで寝ていたのだ。人間を捕食する動物は比較的少ないと思われるが、ライオンはその可能性がある動物である。
私がライオンの吠え声に強く反応するのはごく自然なことなのだろう。
だが一方で、近年、ライオンの分布地域が減少していることに私は悲しみを感じてもいる。 現在、ライオンは、サハラ以南のアフリカのごく狭い地域にいるのと、わずかな数がインドに残っているだけだ。捕食者としてはとてつもなく優秀なライオンではあるが、現代の人間の生態系破壊に対抗するのは難しいようだ。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉を編集、抜粋したものです)
40億年を生き延びた生物が教えてくれること――訳者より
ある日突然、この世界から自分以外の人間が消えたら、と想像したことが誰でも一度くらいはあるのではないだろうか。
自分以外に人がいないとまず、電気が来ない、水道もガスも出ない。電車もバスも走らない。しばらくは生きられるかもしれない。食料はスーパーなどに行けば一応、ある。日持ちのするものもなくはないし、水はある。ただ、それも時間の問題だ。そう長くは生きられないに違いない。
人間は支え合って生きている。つまり人間は「社会的な動物」である、ということだ。それは精神的な意味だけでなく、もっと切実な物理的な意味でもそうだ。群れを成し、集団で生きる動物なのである。どれほど孤独を好む人ですらそうだ。
社会的な動物と聞いて思い浮かべるのはどの動物だろうか。よく知られているのはハチやアリだろうか。動物園でサルの群れを見たことがある人もいるだろう。オオカミやライオンも群れを成すし、イワシなどの魚も水族館で大群で泳いでいるのを見ることができる。集団で生きているものを社会的な動物と呼ぶのだとすれば、そうでないものをあげる方が難しいかもしれない。
本書はアシュリー・ウォード著“The Social Lives of Animals”の全訳である。直訳すると「動物の社会生活」となるタイトル通り、オキアミやバッタからチンパンジー、ボノボに至るまで様々な社会的動物の生態を詳しく解説してくれる。
だいたい進化の順(人間から遠い順)に並べているのだと思うが、読んでいて感じるのは、結局、どの動物も共通の祖先から生まれた親戚なのだなということである。もちろん、種ごとに大きな違いはあるのだけれど、本質的な部分に違いはない。人間もそこに含まれる。著者も文中で言っている通り、人間と動物の違いは量的なものでしかなく、質的なものではないということだ。
四十億年の時を超えて生き延び、今、生きているのだから、方向はそれぞれに違えど皆、必要にして十分な進化を遂げてきたのである。その意味で等価だ。どの生物も違う歴史をたどればまったく違ったものになっただろう。いずれも偶然の産物である。
皆、生き延びて子孫を残す、という目的は共通なのに、置かれた環境、経てきた歴史の違いにより私たち人間とどれほど違った、どれほど驚異的な生態の動物が生まれたのか、本書はそれを教えてくれる。
本書は一応、分類すれば「ポピュラー・サイエンス」の本ということになるのだが、読むのに高度な科学知識は必要ない。もちろん著者は専門の研究者として極めて科学的に研究をしているのだが、その成果の一つである本書は、言ってみれば「異文化理解の本」になっているからだ。
相手は人間ではなく、人間とは異種の動物たちだが、それぞれがどのような社会を作りどのように暮らしているかを知る、という意味では、外国の文化、社会を知る、というのと本質的には同じである。自分と異質なものを知りたいという好奇心のある人ならば誰でも楽しめるし、得るものがある。
本書にはもちろん、知らなかったことを知る喜びがあるのだが、単に雑学知識が増えるということではない。最も大事なのはそれまでになかった新たな視点が得られることだろう。視点が増えれば、長期的には人生がまったく違ったものになる可能性がある。本書が読者にとってそういう一冊になれば訳者にとってこれ以上の喜びはない。
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☆日本経済新聞夕刊・書評掲載(2024/4/11)☆
「「渡り鳥がVの字で飛行する際の驚くべき省エネ戦略や、ライオンの子殺しの真相など、次々と「動物のひみつ」が明らかになり、人間や動物の社会性って何なんだろうと考えさせられる。辞書のように分厚い本だが、あれよあれよという間に読み進んでしまい、感動の読後感が残った」(竹内薫氏・サイエンス作家)
☆ダヴィンチWEB・書評掲載(2024/4/10)☆
「突き抜けた動物愛を持つウォード博士の視点は、まさに独特。目次を見ると「シロアリは女王のために自爆する」「ゴリラは自分の罪をネコになすりつける」「クジラは恨みを忘れない」など、どれも興味深いものばかりです。厚さ約4センチで、読み応えたっぷりの一冊」(中村未来氏)
☆世界各国で絶賛続々! あなたの世界観が変わる瞠目の書!!☆
山極壽一(霊長類学者・人類学者)
「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」
橘玲(作家)
「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」
サンデー・タイムズ紙
「非常に印象的な本だ。ウォードは動物を細部までよく見ていて、生き生きと書いている」
ガーディアン紙
「魅力的で並外れた物語。サイエンスの面白さを伝えるとびきりの贈り物だ」
ウォール・ストリートジャーナル紙
「あらゆる場面で読者を驚かせるものが待っている。この本を支えているのは、著者のストーリーテリングの天賦の才能だ」
スティーブ・ブルサット(エディンバラ大学教授・古生物学者、ニューヨークタイムズ・ベストセラー著者)
「著者は動物が一般に考えられているよりもずっと社会的であることを明らかにする。最新の科学に深く切り込みながら、古い固定観念を打ち砕く。著者が描くのは、牙と爪で血の色に染まった自然ではなく、協力と協調にあふれた自然の姿だ」