三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第94回はスキャンダルやネット炎上を一瞬にして無効にする、アルファベット4文字の言葉を紹介する。
お金持ちや有名人の「最大の敵」は…
藤田家の御曹司・慎司は米国の友人との会話で、日本では投資家は日陰の存在であり、経済的な成功者はバッシングの対象にされやすいと話す。友人は「成功すれば叩かれる 恐ろしい国だ」とあきれた反応をみせる。
米国では起業や投資で財を成した人物は尊敬の的となり、日本ではその種の「ヒーロー」は生まれにくい。ちなみに欧州では、生まれながらの大富豪つまり代々の資産を受け継いだ貴族の方が尊敬を集めると言われる。独力で富と地位を築いた「たたき上げ(Self-made Man)」であることに誇りを抱く米国とは対照的だ。家柄を有難がる日本の風潮は欧州に近いかもしれない。
そんな日本で経済的な成功者が社会的な尊敬を集めるには2つのパターンがある。
ひとつは「徳」を示すこと。倹約、勤勉、奉仕、感謝、謙虚、慈善などなど、少々偽善的であっても「ただの成金じゃない」と思わせる側面が求められる。もうひとつは偽悪的に財力や影響力を誇示してアンチヒーローになるパターン。後者は一部のファンや信奉者に限定したリスペクトを勝ち取るトリッキーなポジションだ。
両極端なルートに共通するのは、いかに嫉妬をかわすか、という点にある。アンチヒーローは一見、嫉妬を煽っているように見えるが、むしろ「信者の壁」に立てこもれば心理的な安全性は高まる。成り上がりを嫌う儒教的土壌や根強い金銭忌避の価値観など、お金持ちへの逆風にはいろいろな日本的要素が絡むが、突き詰めれば、最大の敵は大衆の嫉妬だ。
金銭的成功に限らず、時の人になれば、現時点の素行だけでなく過去まで遡ってアラ探しが始まり、週刊誌のナントカ砲やネット空間での炎上にさらされるリスクが高まる。欧米にもゴシップを扱う大衆メディアは山ほどあるし、セレブは常にその標的となっている。それでも「出る杭は打て」となったときの日本の集団狂気のごとき苛烈さは異常だろう。
「たった4文字」の言葉が気持ちをラクにする
私自身はあまりゴシップに興味がないので、なぜそこまで、と昔から疑問なのだが、つくづく日本の社会に欠けているのは“Mind your own business”(MYOB)の精神だと思う。このフレーズ、「余計なお世話だ」が定番の日本語訳だが、「自分自身のことを考えろ」という直訳の方が日米の文化の違いがクリアになる。日本人は他人を気にしすぎなのだ。
当たり前だが、大富豪がどんな豪邸を建てようが、芸能人が浮気しようが、スポーツ選手が誰と結婚しようが、あなたの人生にほとんど関係はない。人生は短く、1日は24時間しかない(しかも7時間くらいは寝た方がいい)。
私は、自分のことで手一杯で、おまけに死ぬまでに読み切れないほど読みたい本があり、観たい映画があり、会いたい人がいるので、会ったこともない他人のどうでも良い身辺について考えたり調べたりする時間は持ち合わせていない。
成功者が地に落ちれば、胸がすく思いがするかもしれない。だが、そんなネガティブな感情に囚われているとき、あなたの魂も少し堕落している。嫉妬も一種の習慣であり、距離を置くことは訓練で身につくスキルのようなものだ。
Mind your own business!