できれば谷を味わいたくないかもしれませんが、山を登り続ける、すなわち上昇だけが続く人生なんてありえないことは、ちょっと考えればわかることです。

 その意味で、私にとってもっとも悲しい人生は、谷もなければ山もない人生です。たとえ谷が少なくても、山も低いなら面白くない。

 大きな山に登りたければ、大きな谷も経験していい。しんどいけれど、自分を鍛えてくれる機会でもあります。人間の器を大きくしてくれる貴重なチャンスなのです。

 年齢を経るにしたがって、山に登らなくていいから、谷を避けたい。現状維持でいい。そう考える人もいるかもしれません。しかし、谷を恐れて何もしないでいるうちに、成長の機会を失ってズルズルとカーブが下り坂を描き、土俵際まで追い詰められてしまうなんてことも。まるで今の日本の姿のようです。

 個人も同じ。

 谷がないと思い込んでいたら、実は人生そのものが液状化していたということが起こり得るのです。

相手を惹きつける
「谷」と「転」

 人生はクレジットゲーム。私はそう考えています。

 クレジットとは信用、すなわち他者からの信任の総量です。他者からの信任とは、信頼と共感の関数です。

 たとえば、業績を上げた、新規事業を立ち上げた。これらは相手の信頼につながります。あなたにとっての「山」です。いっぽう、共感は「山」ではなく「谷」です。挫折、失敗、病気などなど。マイナスモードのほうが、相手からの共感度が高い。

 人生が1冊の本だったとして、読み手はどこで感動するでしょうか。

「山」である成功体験や自慢話よりも、失敗や挫折や病気などの「谷」や、そこからの生還など「転」の部分でしょう。もっと言えば、谷があるからこそ、あるいは深いからこそ、山が輝いて見えるし、感動を呼ぶのです。

 これは、映画も同様です。たとえば『スター・ウォーズ』では、主人公ルーク・スカイウォーカーはハン・ソロと出会ったり、C-3POと出会ったり、賢者ヨーダと出会ったりします。そして、いろんなことを学びますが、挫折や失敗が待っている。ダース・ベイダーも出てくるし、事件も起こる。そして最後には、レイア姫を連れて故郷に帰ってくる。