Uさんは、副団長的な立ち位置で団長から厳しくお笑いを教えられていました。その「顔面洗濯バサミ」も何度もさせられていました。今思えば信じられない集団ですが、当時、生まれたてのアヒルがはじめて見たものを親だと思うように、僕はまっすぐなんの疑いもなく、その洗濯バサミを何度も顔につけてはヒモを引っ張り外すことを繰り返したのです。みんな顔がかさぶただらけでした。Uさんの顔色が、毎日少し赤黒がかっていたのはこのせいだとそのとき気づきました。

「これは、何回も練習するものですか?」
 ときくとUさんは、
「ああ。疑問は持つなよ?」
 と返されました。へんな奴らに会えてゾクゾクしました。

 ライブのチケットは駅前で手売り。朝8時の通勤ラッシュでは、道行く人々に声をかけながら朝から晩まで売り続けました。唯一Uさんは居酒屋に住み込みで活動していたので、夜は説教で眠らせてもらえません。団長の目が届かないチケット売りが休息の時間になっていました。駅前の喫煙所でしっかりと8時間睡眠をとる人を見たのははじめてでした。

 ライブ当日、理由はわかりませんがUさんはまた団長の逆鱗(げきりん)に触れて、ネタのコーナーでネタをやらずにトークで繋いでこいという、なんのトレーニングかわからない指令を受けていました。僕は、不安に思い、
「なんでこんなことになるんでしょうね。」
 と声をかけるとUさんは、
「ぜんぜん大丈夫だ。」
 と言い残し、おもむろに居酒屋の排水口の蓋と消しゴムをポケットに入れ、袖から舞台へ歩いて行きました。

 案の定、トークで間が持たなかったUさんは、起死回生と言わんばかりに排水口の蓋を舐めて消しゴムを食べました。それをみて泣き出すお客さんがいました。

 その夜、お腹を抱えてうずくまるUさんを見て、これがお笑いなのか? と僕は少し疑問を持ちはじめました。