女子社員にも妻にも見放された
つらい告白をただじっと聞く
ひと月ほど前、薬を飲むために水が必要だった森さんは、会社の給湯室の裏でこんな会話を聞いたらしい。
「ねえ、森さんのことどう思う?」
それは彼の所属する部門の女子社員たちだった。
「あの人、がんらしいじゃない」
「まあ、かわいそうとかは別に思わないけど」
「わたしもそう。自業自得っていうか」
「ざまあみろ、って言った人もいたし」
「下手に同情したらかえってキレられそうだもの。『おまえごときに哀れまれるいわれはない』とか言って」
「プライド高すぎだから。あの人のこと、たいていの人は良く言わないよね」
「腕がいいのは認めるけど、態度が最悪。人のことをいつも見下してる感じ」
「一応、課長待遇だけど、だから1人も部下がいないんだよ。昔はいたらしいけど、みんな逃げたってさ」
「うちの課の連中が言ってるの、森さんがいなけりゃいないで、何とかなるもんだなあって。ほら、この間まで休職してたでしょ。最初は困ったけど、今じゃ何とか回せてるし」
「社食で話してるのが聞こえた。『あの人の仕事、特別なコツでもあるのかと思ってたけど、何人かで分担して少し長めの時間をかければ、こなせないことはないんだなって分かってきた』って」
「そうなると、もう森さんは別に要らなくない?」
「いつまでも個人に頼るんじゃリスクが高いし、長い目で見ればチームで解決する体制に変えたほうが安定する。部長がそう言ったらしいのよ」
「じゃあ、もう決まりじゃない」
社内で偶然に耳にした女子社員たちの会話について話した後、森さんは言った。
「あいつら間違えやがって」
森さんがまた自分の世界に入っている。
「そのうち助けを求めて帰ってくる。どうせそうだ。そうに決まっている」
先ほどとは違って、表情が険しい。
「あいつらって。誰のこと?」
「俺の妻と息子。妻とは別居中だよ」
先ほどとは別の話らしい。
「別れてくれってさ。半年と少し前だったかな……。急に言い出したんだ」
ここから、今度は彼の奥さんとの出来事が明かされた。