1カ所だけ「ママ」と書いた

――やはり複雑な心理があるんですね。『転んで起きて』では、基本的に「母」という言葉を使っていますが、一緒にバドミントンをした思い出を回想するシーンでは「お母さん」と呼んでいるのが印象的でした。

 すごく楽しかった記憶、大切な記憶のひとつです。

 文章はだいたい「母」で統一していたのですが、もう1カ所あえて「ママ」と書いたところがあります。亡くなる2日ほど前、母とお菓子を分けあう場面です。

◇◇◇

 亡くなる2日前に病室を訪れたとき、「ゆか、これ食べて」と言って、母が半分残した焼き菓子を私に手渡してきた。
「どうしたの? おいしくなかったの?」と私が聞くと「ううん。これが一番おいしかったから、ゆかと一緒に食べようと思って残しておいたの」と言った。
 私は母からもらったその焼き菓子を「おいしいね」と言って、にこにこしながら食べた。
 そこにいたのは、私が小さいころに大好きだったママだった。
 母と会ったのは、そのときが最期になった。
(『転んで起きて 毒親 夫婦 お金 仕事 夢 の答え』より)