神業のような生産性を誇る人の報酬と、動きの鈍い人の報酬がほぼ同じ、という不条理はなぜ生まれてしまうのか。また、生産性の高い人が丁寧に教えればできない人も良くなるはずなのに、なぜそうならないのか。これらは、実は構造的な理由がある。それを教えてくれるのが、コンサルタントとして売上数百億~1千億円規模の企業の業績向上と組織変革を実現してきたノウハウを、知識創造理論の世界的権威である野中郁次郎・一橋大学名誉教授の監修を踏まえてその知見を学術的な観点も踏まえて著書にまとめた経営者・高橋勇人氏の著書『暗黙知が伝わる 動画経営 生産性を飛躍させるマネジメント・バイ・ムービー』だ。今回は、同書から特別に抜粋。不条理な状況を打開する方法を紹介する。
おばちゃんとエビむきの生産性に関する寓話
2月の朝4時、あたりはまだ真っ暗だ。風はないが、足下からのぼってくる冷気に頬が悲鳴を上げる。
私は当時、コンサルティング会社に勤めるコンサルタントで、クライアントである大手飲食チェーンのある店舗にいた。フロアではなくキッチンである。店のスタッフ4名も出勤しており、ひとつの作業に没頭していた。
氷水が入った大きなバケツに手を突っ込んでは何かを取り出し、手で作業をしている。取り出していたのはエビ。エビの殻むきをやっているのだった。その日から売り出しが始まる新しいメニューでエビを大量に使うので、早朝からのエビの殻むきが必須の作業となっていた。
スタッフの内訳は2名がおばちゃんで、あと2名は男子高校生。おばちゃんの作業スピードはとにかく速い。氷水に手を入れてエビを取り出し、指を上手に動かしてスルリと殻をむく。小さな人形に着せていた服を脱がせるようで、そつがなく、ムダな動きがひとつもない。
一方の高校生はスローモーションを見ているようだ。ムダな動きも多い。一目見て慣れていないとわかる。おばちゃんが5尾むくところ、せいぜい1尾だ。一人が間違って、殻をむくどころかエビの身までちぎってしまい、バツの悪そうな顔をしていた。
不条理
私はこの光景を見て、おかしなことがたくさんあると思った。
まず、あの神業のような指さばきを見せるおばちゃんの時給と、動きの鈍い高校生の時給がほぼ同じであること。おばちゃんのほうがたった100円高いだけだ。
もうひとつは、おばちゃんが丁寧に教えれば高校生もうまくむけるようになるはずなのに、そうなっていないこと。
しょせんはおばちゃんもパートの身。片付けるべき課題をこなすのに精一杯で、息子のような高校生に手取り足取り教える余裕はないのだろう。店長に言われていない高校生の指導をすれば、かえって問題が生じかねない。
一方、高校生のほうも教わる気がなさそうだ。おばちゃんのほうを見向きもしない。小遣い稼ぎのアルバイトであり、べつに料理人になりたいわけでもないのだろう。しかも、手際よくエビの殻をむけるようになったところで何のメリットがあるのか、わからないのだろう。
これはおかしい
そのチェーンでは、メインの料理の作り方―調理法から皿への盛りつけ方―に関しては、懇切丁寧に説明した紙のマニュアルがあり、伝えきれない部分についてはベテラン社員が後輩に手取り足取り、丁寧に教えていた。料理の見栄えがよく、おいしくなければ、お客様が足を運んでくれないのだから当然である。
一方で、エビの殻むきのような調理以前の地味な現場仕事は、技術面の創意工夫があったとしても、属人化し、伝承がまったくなされていなかった。
これをなんとか解決できないだろうか。
そのとき、私の頭に1つのアイデアがひらめいた。おばちゃんの超高速指さばきが動画化されて、スローで何度でも再生できたらどうだろう。高校生はそれを見て、そっくりまねすればいい。