三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第101回は、同族経営の落とし穴や「外部人材」登用の成功例を探る。
「100年企業」の強さの秘訣
投資部で「100年企業」の強さの秘密をディスカッションするなか、主人公・財前孝史は「バカは切る」という過激なフレーズを打ち出す。優秀な婿を経営者に据える大阪・船場の商人の伝統を例に、同族経営の落とし穴を避ける日本流の知恵に強みを見出す。
28年の新聞記者生活で上場企業の担当を5年ほどやった。業界の動向や個別企業の業績、ファイナンスのニュースなどを日々追いかけ、記事にする仕事だ。
日経に限らず、インサイダー情報に触れる機会のあるメディア関係者の個別株投資はご法度。だが、ときに財務担当役員や社長への取材を通じて、「許されるなら、この会社に長期投資したい」と思えるような出会いがあった。
そのうちのひとつが20年以上前に担当した某機械メーカーだった。特殊な分野で高シェアを持つ堅実経営の会社で、当時の時価総額は数百億円程度。知る人ぞ知る存在だった会社を「これは大化けするかもしれない」と感じたのは、就任間もなかった新社長に誘われて2人きりで食事したときだった。
私より20歳ほど年上のその社長は、財閥系企業でキャリアを積んだ後、その会社に転職して10年ほど経っていた。本人にとっては想定外だったそうだが、結婚相手が創業家一族の娘で、いろいろと事情があって「後を継いでくれ」という話になったという。作中の船場商人の伝統とは違った形ではあるが、「入り婿経営者」になったわけだ。
「ムコ入り社長」の20年後
3時間ほどの食事の間、会社の将来像と戦略を語る社長に、私はすっかり魅了された。自社の強みを伸ばし、弱みを補って、どうグローバル企業に育てていくか。その時点の企業規模を考えたら「大ボラ」と言っていい構想だったが、時間をかけて着実に進めば手が届く目標として、駆け出し記者だった私にも理解できるよう、丁寧に語ってくれた。
当時は言語化できなかったが、今思うとその社長の構想は「グローバルニッチを探して、ブルーオーシャンの『海域』を少しずつ広げる」というものだった。その会社はすでにニッチな市場で世界的高シェアを築く成功体験は持っていた。世界にはまだそんな「隙間」はたくさん残っている。
海外に出るときは、当時は一般的だった駐在員派遣型ではなく、M&Aも絡めて「現地主義」の人材で攻略する。アンテナを張り、機会を逃さず動けば、必ず勝算はある。その社長には、はっきり未来が見えているようだった。「自分が投資家なら、この会社の株を買うのにな」と思った。
理にかなった戦略を描けたのは、資質はもちろんのこと、その社長が「外部」の人間だったことが大きかったのだと思う。かつて勤めた財閥系の大手企業と比べれば、自社は足りないモノだらけ。「でも、だから白いキャンバスに理想の絵が描けるんですよ」と淡々と語っていたのが印象に残っている。
1年ほどでその企業の担当から外れた後も、時折、ニュースや決算資料を見ては、社長の構想通り、あるいはそれ以上の躍進を続けているのが分かり、我がことのように嬉しくなった。
社長との会食から20年ほど経ったころ、その機械メーカーの株式時価総額が1兆円を突破した。「自分の目に狂いはなかった」と思うと同時に「あのとき1000株でも買っていれば『億り人』も夢じゃなかったのか」などと夢想した。
重ねて書いておくが、日経の現役記者は絶対に個別株投資には手を出さない。辞めた今、ようやく「デビュー」が叶って、投資家の楽しさを味わっている。