三菱グループの接待で「絶対に頼んではいけない」ビールの銘柄『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第99回は、ビールと旧財閥系企業にまつわるトリビアを紹介しよう。

三菱グループ「絶対のルール」

 主人公・財前孝史は会社四季報マニアの同級生の熱い語りを通じて、富士通が古川財閥に、キリンビールは三菱財閥にルーツを持つことなど日本企業の歴史を学ぶ。主将の神代圭介の提案で、投資部メンバーは四季報の創刊号を手に取る機会を得る。

 三菱グループの会社の宴会では、系列のキリンビールが出てくる。この都市伝説は、私が知る限り本当だ。少なくともパーティーなど公式の場では、不文律どころか絶対のルールではないだろうか。

 懇親会など少人数で飲み屋に行っても、「キリン、ありますか」とお店の人に確認するのを見たことが何度かある。半分はネタなのだろう。「やっぱりキリンですか」という言葉を待っているフシもある。

 私が目にした一番愉快な例は、素材大手の三菱マテリアルのパーティー。ビールの銘柄は当然キリンとして、笑ってしまったのは、テーブルに林立していたのが500ミリリットルの缶ビールだったこと。

 三菱マテリアルの傘下企業がアルミ缶を製造しているからで、乾杯前には会場に「プシュッ!」とプルタブを引く音が響き、上場企業の役員の手ずから「まあまあ」とアルミ缶でビールを注がれる貴重な体験をした。

 外野から見る分には笑い話だが、このケイレツ精神、接待の場では厄介な地雷になる。広告代理店出身者の定番トークに「異常なほど完璧な飲み屋の下見」がある。

 クライアントの接待で万が一にも「粗相」がないよう、ビールの銘柄はもちろん、ときには便器のメーカーまで下調べするという。「そこまでやるか」と思わせるのが狙いだろうし、一種の大人のゲームのようなものだろうが、当事者たちは真剣だ。そこがまたおかしい。

住友系なら何ビールが正解?

漫画インベスターZ 12巻P29『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 住友系企業なら関係が深いのはアサヒビールであり、乾杯は「スーパードライ」となるわけだが、三菱系ほどこだわりは強くないように感じる。

 アサヒは旧住友財閥系列の中枢「白水会」のメンバーでもないし、ちょっと外様感がある。くわえて2000年代の金融大再編で三大メガバンクに集約される過程で三井と住友が一緒になってしまい、旧財閥意識のある種の希薄化が起きた面もあるのだろう。常に主導権を握って金融再編の波を乗り切った三菱とは「濃度」は違う。

 濃淡はあれ、こうした旧財閥や企業グループのモヤっとした繋がりは、日本の企業文化や業界再編を含めた産業構造に強い影響を与えてきた。だが、そうしたネットワークの維持もいよいよ最終局面に入ったのではないか。とどめを刺そうとしているのが、東京証券取引所がにらみを効かせている政策保有株の削減だ。

 最近、三菱重工業が保有していた時価約400億円の三菱商事株を全株売却したことが明らかになった。「三菱金曜会」メンバーのAGC(旧旭硝子)もグループの政策保有株を大胆に削減している。生保・損保各社にも「政策保有株ゼロ」の波は広がっている。

 お互いに政策保有株をキープする「株式持ち合い」は、株主総会では岩盤の与党票となり、買収阻止にも一役買ってきた。この市場の圧力をかわす防御壁は日本企業のガバナンス欠如や資本効率の悪さにつながってきた。

 そんな甘えが許されない時代となり、経営陣は説明責任を求める投資家と正面から向き合うしかない。このガバナンス改革こそ、今の日本の株高を引っ張る最大の要因だ。「なれ合い」がビールの泡のように消えた先に、株式会社ニッポンの再飛躍の道が開ける。

漫画インベスターZ 12巻P30『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 12巻P31『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク