三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第102回は、LEGO社の浮き沈みの歴史から「ブランドとは何か」を学ぶ。
「レゴじゃなきゃダメ」ブロックをオトナ買い
主人公・財前孝史は企業価値を左右するブランド力の正体について考えを深める。戦国時代までさかのぼって日本のモノづくりの歴史を振り返るなかで、財前は「ブランドとは、企業の心そのもの」ではないかという仮説に至る。
財前はモノづくりに挑む企業側の視点で「ブランドとは心」という答えにたどり着いた。では、消費者の立場からは、ブランドはどんな言葉で表せるだろうか。ひとつの答えは「引力」ではないか。理屈抜きで惹きつけられる力。それがブランドの本質だと私は考える。
万有引力とは違って、ブランドの引力には相性がある。私にとって服飾やアクセサリーなどのいわゆるハイブランドの引力はほぼゼロだが、一方、あらがい難い引力を持っているブランドもある。ブロック玩具の「LEGO」だ。
我が家の三姉妹が小さかった頃、レゴのセットをどんどん買い足していったのは、半ば以上、自分が遊ぶためだった。子ども時代に手が届かなかったレゴブロックをオトナ買いしていたのだ。
今でもデパートや家電量販店に行けばレゴコーナーを覗く。ロンドン駐在時代は観光地のど真ん中ピカデリーサーカス近くのレゴショップは定番の寄り道スポットだった。
世界最大級の玩具メーカーであるレゴは、現代最強ブランドのひとつだろう。似たようなブロックに比べると、レゴはかなり値が張る。それでも「レゴじゃなきゃダメ」という私のようなファンは多い。
レゴの暗黒時代…復活の立役者が語った原因とは?
そのレゴにも2000年代前半、経営破綻の瀬戸際まで追い詰められた暗黒時代があった。再建の過程は『レゴはなぜ世界で愛され続けているのか』(日本経済新聞出版社)に詳しい。
不振の原因は「古臭いブロック」を軽視して多角化に走ったこと。ネット時代への適応に焦り、新成長分野を探った。足りなかったのはイノベーションではなかった、レゴというブランドから遊離した野放図なイノベーションが不振を招いた、という分析が興味深い。新規分野が財務上の重荷になる間に、既存のレゴブロックの売り上げも落ち込んでいった。
十数年前、復活の立役者ヨアン・ヴィー・クヌッドストープCEO(当時)にインタビューする機会があった。最悪期に再建チームはまず「なぜレゴは売れなくなったのか」と玩具店の現場で地道な聞き取り調査を実施した。店員たちからは「レゴから『レゴ体験』が無くなったから」という指摘が多く出たという。
私はひとりのレゴファンとして「正直、あの頃は大ぶりのパーツをいくつか組み立てれば『はい、できあがり』という製品が増えて不満だった」と話すと、「その通り。シンプルなブロックと想像力で何かを生み出す喜びを得るのがレゴの本質で、我々自身がそれを見失ってしまっていた」という答えが返ってきた。
卓越した経営者であるクヌッドストープ氏は、とてもチャーミングな人でもあった。取材時、握手の後に「おっと、名刺を忘れてしまった」と言いながらスーツのポケットを探った。取り出したのは本人そっくりのレゴのフィグ(人形)。胴体部分に電話番号とメールアドレスが入っている。フィグが「名刺」なのだ。
本人と見比べてニヤニヤしていると、「ひとつ欠点があるんだ。本物より髪が多いんだよ」というダメ押しのセリフで爆笑させられた。私の方は自分のレゴのオリジナル作品の写真をアルバム風にまとめて持参した。クヌッドスクープ氏は、ただのレゴ好きの顔になって「ピアノのこの部分、本当に良く出てきいる!」と楽しんでくれた。
noteで私のレゴ作品の一部を公開しているので、ご興味があればご笑覧ください。