知的能力を失ったはずの患者の意識や記憶力が思いがけず回復する不思議な現象のことを「終末期明晰」という。しかし、それは終末期の患者に起こる幻覚やせん妄とは何が違うのだろうか。認知科学者のアレクサンダー・バティアーニ氏が数々の体験談から「終末期明晰」の謎に迫る。※本稿は、アレクサンダー・バティアーニ『死の前、「意識がはっきりする時間」の謎にせまる「終末期明晰」から読み解く生と死とそのはざま』(KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。
亡くなったはずの人間が出現?
末期患者たちの短い「再会」
わたしのきょうだいのモニカは、悪性の脳腫瘍で死にかけていました。病気の進行がとても早く、最後の数週間はほとんど意識がありませんでした。腫瘍の状態が悪化して末期に入ったと医師に言われてからは、妻とわたしは毎日モニカを訪ねました。
あの日も、ふたりで切り花を病室に持っていきました。モニカは眠っていましたが(最後のころはほとんど眠っていました)、突然ベッドから起き上がり、わたしたちを見て、次にベッドの足もとをじっと見つめ、「リズ!」と大声で言いました。リズは彼女の親友で、4年前に乳がんで亡くなっていました。モニカはとても穏やかな、安らいだ様子で、まったくもって平静で健康に見えました。その晩、数時間後にモニカは死にました。
あのときのことをどう考えたらいいのか、いまだによくわかりません。リズがモニカの最後の旅を助けに来てくれたのだと本気で思うときもあれば、モニカの幻覚だったのではないかと思うときもあります。
ただあのとき、リズと短い「再会」を果たしたあと、モニカはがらりと変わりました。すっかり落ち着いて平静になったのです。それはまるで、彼女がわたしたちのもとに戻ってきたようで、同時に別の場所に向かっているようでもありました。
この経験をどう理解すべきか、わたしはまだはかりかねています……ですが、彼女が病気の診断を受けてから耐え忍んできたあらゆる痛みと恐れのあとで、あのような安らかな死を迎えられたことは、本当にありがたく感じています。
父は長らく認知症を患っていました。初めのうちはゆっくり進行していましたが、最後の年はとても重篤な状態になっていました。わたしは父のもとに足繁く通いました。2、3日おきには顔を出していたのではないでしょうか。亡くなる日の午後、父は目を開けてわたしにほほえみかけ、ハロー、と言ってわたしの調子を尋ねました。にこにこした顔で、とても幸せそうでした。それから父は言いました。「母さんが来ているんだ。母さん、みんなきみのことが大好きだよ!」母は2年前に他界していました。
父が幻覚を見ているのかと思いましたが、意識ははっきりしていました。目は澄んでいるし、わたしの名前はわかったし、話し方にもとくに変わったところはありませんでした。