一方で、これらの報告の大多数(226例中191例、すなわち「認知能力に言及しなかった」事例の約85%)は、認知活動が高まりはしなかったものの、普段と少なくとも同程度であったことがうかがえる複雑な内容への言及を含んでいた。

【事例3】

 確かにとても美しい光景でしたが、子どもたちと離れたくないという思いも切実でした。まだあんなに幼いのに、あの子たちを残して逝くなんて、あまりに耐えがたいことに思えたのです。
【事例4】

 わたしは大丈夫だよと、夫や母にどうにかして伝えたいと思っていました。

 残る3分の2(427例)の報告は、意識の明瞭さと知的活動について明らかな言及があり、採点計画に従ってその427例だけが採点された。そうした事例報告のうち、意識の明瞭さと知的活動に明らかな減退が見られた調査対象者がひとりだけいた。

【事例5】

 そのときは、半分眠っているような感じでした。体外離脱中に何度か「目覚めた」のですが、生き延びるのはいかにも大変そうで、それほどやりがいがあるようにも思えなかったので、そのたびにまた気まぐれな半覚半眠といった感じの状態に戻りました。

 また、わずか3%(13例)が、意識は明瞭だったものの、思考力に減退の兆しらしきものを感じたと報告していた。

【事例6】

 心は安らかで、なんでも受け入れられそうだった。自分自身はまったくのがらんどうだったが、それは良い意味での、どこか高揚感を覚える空っぽさだった。「ついにわが家に着いた」――そう呪文のように何度も繰り返した。わたしのなかでは、たいしたことは起きていなかった。すべてはわたしの外で起きており、それをただひたすら幸せな気分で眺めていた。
【事例7】

 学生時代にLSDをやったときのことを思い出しました。つまり、ぶっ飛ぶような体験だったわけです。

臨死体験中は意識の明瞭さや
思考力が上昇する?

 262人の調査対象者(臨死体験中の認知能力が採点可能なサンプルの61%)は、自分自身や周囲の様子や思考を認識していたことに言及していたが、それ以上の状況がわかる形容詞は使っておらず、採点の範囲内では、意識の明瞭さと知的活動に減退も高まりも見られなかった(要するに、0点――変化なし――と採点された)。