今年も夏休みシーズンがやってきた。山でハイキング、河原でバーベキュー、海ではシュノーケリングと、この時期ならではのアクティビティに胸が躍るが、その楽しさの陰には、命をおびやかす危険な生き物が必ず潜んでいる。もしもクマ、毒ヘビ、クラゲなどに遭遇したら、どのように身を守ればいいのだろうか。
そんな疑問にこたえる本『いのちをまもる図鑑 最強のピンチ脱出マニュアル』(ダイヤモンド社)が発刊された。危険生物から身を守る方法から、ケガの応急手当てまで。あらゆる危険から身を守る方法を記した本書の発売を記念して、動物学者の今泉忠明先生へのインタビューを行った。
今回の記事では、屋外で遭遇しやすい危険生物「ヘビ」への対処を聞いた。(取材・構成/澤田憲)

【危険生物、怖すぎる】動物学者が「本気で死ぬかと思った第1位」の恐怖体験とは?Photo: Adobe Stock

足元だけじゃない。ヘビは上から降ってくる

――今泉先生は、『いのちをまもる図鑑』の第1章「危険生物からいのちを守る」を監修されています。先生はこれまでたくさんの野生動物を調査されてきましたが、「これだけは会いたくないな」って思われる生き物はいますか?

今泉忠明(以下、今泉):うーん、ハブかな。ヒグマも嫌だけど。

――それはなぜでしょう?

今泉:ほ乳類の行動や生態の調査では、動物の足跡とか糞とかを丹念に調べていくんです。あとネズミを捕獲するために、巣穴を見つけて罠を仕掛けたりね。要するに、地面の穴に手を突っ込む仕事なんですよ。もしも手を伸ばした先に、ハブがいたら……。

――いきなりガブリと咬まれる。それは確かに恐いですね。

今泉:だから罠を仕掛けるときは、まわりの草木を棒で叩いて、ハブがいないか確認してから仕掛けるんだ。すごい効率悪いのよ。

――実際にハブと遭遇したことはあるんですか?

今泉:ハブはサキシマハブだけだけれど、マムシは何度もあるね。20代の頃、高知県の足摺岬で半年くらい野営しながらニホンカワウソの調査をしてたの。岬には海岸に向かって流れる渓流があって、夏の季節で暑かったから、ボクはその渓流の小さな滝のところで水を飲んでいたわけ。そしたら顔の近くで何かが動いた。「何だろう」と思ってふっと顔を上げたら、顔のすぐ横をマムシがかすめていった。

――え! 飛びかかってきたんですか?

今泉:うん。滝の上の岩にいたのが、ボクの顔めがけて降ってきた。暑い日だったから、沢の上に出た岩で涼んでいたんでしょうね。かなり大きめで70cmぐらいはあったかな。

――意外でした……。足元に気を付けていればいいと思っていましたけど、上から降ってくることもあるんですね。

今泉:油断できないよね。ハブも夏は木の上にいることが多いんですよ。特に、鳥が巣を作る夏の時期は、それを狙ってヘビも木に登るから、気を付けないといけません。

咬まれると、血液や筋肉が溶けてしまう

――ハブやマムシに咬まれると、どうなってしまうんでしょう?

今泉:どちらもめちゃくちゃ痛くなるのは同じです。ハブは毒の量が多いから、すごくはれますね。そのせいで血流が止まって、咬まれた部分の筋肉が壊死することもある。

――血清などの治療薬のおかげで、2000年以降はハブの被害による死亡例はないようですが、決して侮ってはいけませんね。

今泉:はい。マムシの場合は、毒の量は少ないんだけど、毒性はハブより強い。血圧が急降下して倒れたり、腎臓や心臓が機能不全を起こすこともあります。

――マムシは、今でも毎年数人の死者を出しているようです。

今泉:ボクもあのとき頭を咬まれていたら、死んでたかもしれないと本気で思うよ。頭じゃ、自分で応急処置もできないからね。

【危険生物、怖すぎる】動物学者が「本気で死ぬかと思った第1位」の恐怖体験とは?九死に一生を得た体験をおだやかに語る今泉先生

――マムシに襲われたときは、すぐに避難されたんですか?

今泉:いや、写真を撮ってから、捕まえて標本にした。

――きっちり仕事をしている!

今泉:危ないからお勧めしないけど、毒ヘビを捕まえたいときは、先が二股になった枝で、頭をぐっと地面に押さえつけるんだ。それから首を掴めば、もう何もできない。あとは頭の根元をギュッと握ると、口がぱかっと開くから、牙を木にひっかけて折っちゃう。そこまでやってから袋に入れないと、危ないからね。牙はまた伸びてくるけど。

ヘビに咬まれたら傷口を洗い、近くの病院へ!

――咬まれてしまったときは、まずどうすべきですか?

今泉:『いのちをまもる図鑑』にも書きましたが、傷口を洗って、すぐに近くの病院に行きます。できれば1~2時間以内に治療できるといいですね。初期対応の早さで重症度が変わってくるから。治療が遅れると、命は助かっても後遺症が残る場合もあります。

――時間との勝負ですね。

今泉:でも、急いでいるからといって、走ってはいけないんです。心臓がドキドキすると毒の回りが早くなってしまうので。「ゆっくり急ぐ」のが大事です。

――なるほど……!

いちばんヤバいのは「咬まれた瞬間は痛くない」こと

今泉:でもそれ以前に、咬まれたことに気づかないことも多いんですよ。咬まれた瞬間は、さほど痛くないから。

――えっ、そうなんですか?

今泉:ボクの知り合いでマムシに咬まれた人は、草むらを歩いていたときに足首がチクッとして、見たら赤い点が2つあったんだって。だから最初は「植物のトゲに刺さったのかな」と思っていたんだ。でもそれから2、30分でみるみる腫れあがって、激痛で動けなくなった。

――怖……。毒ヘビに咬まれたことに気づかなかったら、初期対応も遅れてしまいそうです。病院に行くときは、少し離れていても総合病院に行ったほうがいいんですかね?

今泉:いや、小さなクリニックでもいいから、とにかくいちばん近い病院に行ったほうがいいです。ヘビがたくさんいる地域は、どの病院でも大体治療薬が常備されていますから。一応行く前に、電話で確認しておくと安心ですね。


『いのちをまもる図鑑』1章より
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肌を露出しなければ怖くない!

――これから夏休みに入って、家族で山や森に行かれる方も増えると思います。毒ヘビの被害を防ぐために自分でできることはありますか?

今泉:『いのちをまもる図鑑』では図解で説明していますが、確実なのは服装ですね。薄くてもいいから長袖長ズボンを着る。布が1枚あるだけで、肌との間に空間ができますから、牙が刺さらなくなります。それから帽子。キャップよりもハット帽のほうがいいね。大体、後ろから襲ってくるから。あとは首にタオルを巻いておく。


『いのちをまもる図鑑』1章より
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――とにかく肌が出ている部分をなくすことが重要なんですね。

今泉:そう。あとは茂みの中とか、見通しの悪い場所は歩かないことかな。ほかのヘビは人間が近づくと逃げるんだけど、マムシは逃げないんですよ。こっちにきたら咬んでやろうって、待ち構えている。

――どれくらい離れていれば安全なんでしょうか?

今泉:一般には、全長の半分から3分の2の距離が、ヘビの攻撃範囲と言われています。だから、マムシだったら1m以上、ハブだったら1.5m以上距離を取っておくと安心ですね。

――ちなみに、マムシとハブを見分ける方法には何があるんですか?

今泉:大きさが全然違います。体の模様も。マムシは大きくても全長70cmくらいだけど、ハブは2m以上になるやつもいる。ほかにも有毒のヘビだと、ヤマカガシっていうのがいて、これはハブやマムシとは柄が違う。赤や黄の斑点が特徴です。

――特徴をよく知っておけば、うっかり危険にさらされることは減りそうですね。

今泉:うん。だから知識は大事ですよ。ぜひ本書を読んでいろいろ知ってもらいたいですね。あと、毒ヘビとそうでないヘビのいちばん簡単な見分け方は、尻尾の先をつかんで持ち上げること。一般に、ぐーっと上体を起こして上がってくるやつは無毒で、それができないのは有毒。無毒のヘビは獲物に巻き付いて締め殺すから、筋肉が発達してるんです。自己責任にはなりますが、知識だけじゃなくて、こういうのも一度自分で経験してみるといいですよ。面白いから。

今泉忠明(いまいずみ・ただあき)
東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。国立科学博物館で哺乳類の分類学・生態学を学ぶ。文部省(現文部科学省)の国際生物学事業計画(IBP)調査、環境庁(現環境省)のイリオモテヤマネコの生態調査等に参加する。上野動物園の動物解説員を経て、現在は東京動物園協会評議員。『ざんねんないきもの事典』シリーズ(高橋書店)や『わけあって絶滅しました。』シリーズ(ダイヤモンド社)の監修もつとめる。

※本稿は、『いのちをまもる図鑑』(監修:池上彰、今泉忠明、国崎信江、西竜一 文:滝乃みわこ イラスト:五月女ケイ子、室木おすし マンガ:横山了一)に関連した書き下ろし記事です。