日経新聞を退職したYouTuberが「校長先生」になることを決めたワケ『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第109回は、YouTuberとしての顔も持つ高井が「高校の校長先生」を引き受けた理由を明かす。

「仮免で公道を走る」本末転倒な事態

 桂蔭学園女子投資部の久保田さくらの母は、リタイアした夫婦から引き継いだ喫茶店の経営を軌道に乗せる。規則正しい生活で健康的になった母の姿をみて、さくらは株式投資を通じて経済や社会のことを学んだことが転機になったと話す。

 株式投資を通して経済や社会の仕組みを知り、働くことへの意識が変わる。そんなこともあるだろうが、本来これは本末転倒な話だ。

 世界の大半の国は市場経済を採用しており、その根幹にはマーケットメカニズムがある。家計なら日々の買い物から住宅購入や保険まで、企業ならビジネスそのものや設備投資、M&Aまで、経済活動のほぼすべてがマーケットで決まる。無論、労働も例外ではない。

「ただがむしゃらに」労働市場に参加し、シングルマザーとして家計を支えてきた女性が視野狭窄のワナから抜け出した。このエピソードで注目すべきは、長年、社会に参加してきたのに、市場経済とその中で働くことの意味を深く考える機会がなかったことだろう。

 久保田さくらの母は例外ではない。経済や金融に関するリテラシーは日本社会で軽視され、極端な場合は「金の話はするな」と蔑視されてきた。その結果、多くは大人になっても「浮世のルール」を知らぬまま、ゲームに参加している。車の運転に例えれば、仮免許のままずっと公道を走っているようなものだ。

 株式投資を通じて社会を知るという流れは、順番がおかしいのだ。現代社会と経済システムについてある程度理解したうえで働き、その報酬の一部を投資するべきか、自分で判断する。これが本来の本来の手順だろう。

「校長先生」引き受けたワケ

漫画インベスターZ 13巻P51『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 日本の金融・経済教育は極めて手薄だ。高校で投資・金融教育が始まったとはいえ、割ける時間数は限られている。大学で関連分野に進むか、独学で学ばない限り、多くの若者は「ルールを知らないままゲームに参加する」状態が今後も続く。

 私事で恐縮だが、この度、2025年4月から千葉商科大学付属高校の校長に就くことが決まった。28年勤めた日経新聞を辞め、1年半のフリーランスを経て未経験の教育界に足を踏み入れることになった。

 千葉商大付属は「探究」の時間を充てて手厚い授業時間を確保するだけでなく、授業の内容や進行で千葉商大の教授陣と連携するなど、SDGsと金融リテラシーの教育に力を入れている。私は校長就任に先駆けて今春から金融教育のアドバイザーを務めており、目下、カリキュラムのブラッシュアップに参加しているところだ。

 このコラムの連載初期に書いたように、金融教育の目標は「たかがお金、されどお金」と言えるようになること、というのが私の持論だ。「されどお金」と言える知識と土台を持った後だからこそ、幸不幸はお金の多寡が決めるわけではない、つまり「たかがお金」と自信をもって言えるようになる。拙著『おカネの教室』にこめたメッセージも、煎じ詰めれば、この境地だった。

 順を追って学べば、「されどお金」と言える知識と思考法を身に着けるのは実はさほど難しくはない。それに経済や金融は、やり方次第で楽しく学べるテーマだ。

「免許持ち」の大人が増えれば、昨今問題になっている金融詐欺やクレジットカードの使い過ぎといった「事故」も減るはずだ。緒に就いたばかりの金融教育には、まだやれること、やるべきことが山積みだ。

漫画インベスターZ 13巻P52『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 13巻P53『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク