「で、結局これは詐欺か?」「ここの年寄りはたんまり貯めこんでる」投資信託フィーバーに浮かれる島で起こった異常な事態『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第106回は、異常なまでの投資信託フィーバーにのまれた、瀬戸内海の「グロソブの島」での取材秘話を明かす。

瀬戸内海に浮かぶ「グロソブの島」

 北海道の活性化プランを描く藤田慎司は、地方には莫大な個人金融資産が眠っていると知る。長引く地元経済の低迷で地方の金融機関が国債などにマネーを逃がす現状を変えるにはビジョンを持った「借り手」が必要だと諭される。

 地方には金が眠っている。それを私が実感したのは今から10数年前、瀬戸内海に浮かぶ「グロソブの島」を訪れた時だった。名産オリーブで知られる小豆島はかつて金融界で投資信託グローバル・ソブリン・オープン、通称グロソブの保有者が異常に多い島として有名だった。2000年代半ばには人口3万人ほどの島で保有額が100億円を超えたとされる。

 取材に入ったのは地元の証券会社主催のグロソブの運用報告会だった。先進国の高格付けの国債に分散投資する商品性や海外景気・金利動向といった講師の話は聞き流し、私は参加者の顔ぶれと反応を観察していた。現役世代はパラパラ、大半は高齢者。メモを取る人は少なく、反応はいまひとつ。講演後も目立った質問はなかった。

 終了後、何人かの個人投資家の声を拾った。「毎月お金がもらえるのにお金が減らない」「金利が高い」。当時は内外金利差が大きく、円相場も安定していた。毎月分配型ファンドの代名詞グロソブは残高5兆円超の怪物に育っていた。想定通りのコメントが取れたな、と思っていたところで、60歳前後と思しき男性に呼び止められた。

「あなた、記者さん?」と声をかけてきた白髪に白いアゴヒゲを蓄えた男性は、ソファに私を誘導すると「逆取材」を始めた。隣には少し年上らしい小柄な男性が座っていた。アゴヒゲの男はいきなり「で、結局、これは詐欺か?」と聞いてきた。

「あの人、資産ウン億円の大金持ちだから」

漫画インベスターZ 12巻P183『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 虚を突かれた私は「いや、詐欺ではないですよ。リスクはありますけど。さきほどの商品の説明は嘘ではないです」と答えた。男性は「あんな話、なんにも分からん」と笑った。

「どうやら詐欺ではないらしい」と話しかけられると、口をつぐんでいた隣の男性も笑って頷いた。後の取材予定が入っていたので、私は男性と電話番号を交換してその場は離れた。

 その晩、取材がてら、地元民が集まる居酒屋に入った。店の大将と若い漁師さんに「グロソブの島」の話を振ると、「ここの年寄りは、ボロ家に住んでても、たんまり貯めこんでる。何千万、億というカネ持ってて、ロクに使わんから始末が悪い」と不満たらたらだった。どうやら世代間、地域間で資産の格差が大きいようだった。

 後日、アゴヒゲの男性に電話をかけると、ふたりともグロソブを相当額買ったという。「一緒にいたあの人、ああ見えて資産ウン億円の大金持ちだから。バブルの頃は山に発破をかければいくらでも金が入ってきたからな」と教えてくれた。小豆島は昔から良質の花崗岩の産地として知られ、大阪城や江戸城(現皇居)の石垣にも使われている。

 その後、リーマンショック時の円高と海外金利の低下でグロソブの黄金期は終わった。NISA時代の寵児「オルカン」は、久しぶりにニックネームで誰もが知るファンドとなり、毎月2000億円規模の資金流入で残高は4兆円を超えた。

 グロソブの全盛期には、銀行や信用金庫の帯封のついた札束を証券会社の店頭に持ち込む高齢者も多く、「ついに預金が動いた」と証券業界の関係者が興奮して語るのをよく耳にした。さすがに今どきは口座振替だろうが、「預金の山」が動くのはグロソブ以来だろう。

 ちなみにグロソブを運用していたのは国際投信。オルカンを擁する三菱UFJアセットマネジメントの前身のひとつである。

漫画インベスターZ 12巻P184『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 12巻P185『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク