三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第114回は、組織における「トップダウン」の意思決定を考える。
チームの方針に疑問…そんな時どうする?
「暴落が来る」という主将・神代圭介の読みをもとに投資部のメンバーは手持ちの株式を一斉に売却する。根拠に欠ける指示を疑問視する主人公・財前孝史に対して先輩の月浜蓮は「個人の考えを捨てて」指示に従うよう促す。
リーダーの号令のもとに理屈抜きでチームが一丸となって動く。何かと説明責任が求められる時代にあって、投資部の一糸乱れぬ行動は奇異に映るかもしれない。だが、実社会では時にそんな動き方が求められる場面がある。
私が28年間過ごした新聞作りの現場は上意下達が原則の世界だった。
もちろん取材して原稿を書くという意味での主役は現場の記者だ。コンテンツがなければ紙面作りも何もできない。しかし、日々の紙面を作る作業、具体的にはニュースの扱いや紙面構成の設計、発生モノのイベントの価値判断などはトップダウンで決めるのが常だった。
記者やデスク時代には紙面設計に首をかしげることはあった。それでもいったん方針が決まれば疑念は脇に置いて作業に取り掛かり、ベストの紙面を仕上げるしかなかった。正直、話が通じない上司だから従うしかないケースもままあった。
それ以上に、ああでもないこうでもないと議論している時間がないという現実があった。そもそも日々の大量のニュースをさばいて毎日あれだけの紙面を作るのは狂気の沙汰なのだ。誰かがどこかの時点で「えいや」と方針を固めないと、締め切りに間に合うはずがない。
若手・中堅の記者の頃はその日の朝刊の責任者である「局番」は絶大な権限を握る遠い存在だった。だが、自分がより紙面作りの中核に近いポジションになっていくと、次第に見方が変わっていった。その日の紙面の出来の最終責任を負い、一番「試されている」のは局番なのだと気づいたからだ。
決断するリーダーに必須の「教養」とは?
決断して組織を動かし、結果を受け止めて責任を取る。リーダーの仕事はこれに尽きる。そして新聞作りと同じように、刻一刻と動くマーケットを相手とする投資では、合議制で策を練っている時間などない局面もある。
主将の神代の選択が吉と出るか凶と出るかは分からないが、財前以外のメンバーはこのリーダーの役割を理解しているからこそ、足並みをそろえて行動ができているのだろう。
もうひとつこのエピソードで興味深いのは、全株売却という決断に歴代の投資部の先達たちから受け継いだ伝統が強く影響していることだ。神代は代々引き継いできた136年分の株価チャートとにらめっこして「コツコツドカン」が来ると判断する。
野暮を承知で言えば、このシーンが描いているのは神代の能力の高さではない。高校生がチャートを眺めただけで急落が予想できるほどマーケットは甘くない。このシーンの要諦は、神代が自分の第六感を信じて動くには積み重ねられてきた伝統の「ひと押し」が必要だったことだろう。
大きな選択をするには、今の自分の力だけでは足らず、伝統や先達の歩みが助けになることはある。偉人の言葉や古典の警句にも同じような力がある。
だからこそ古今東西、エリートが身に着けるべき教養の中核は歴史と古典なのであり、リーダーの資質を磨くためにそれが必須とされるのだろうと私は考える。