超富裕層が投資で数億円の損失!ニヤリと笑った「その後の一言」に舌を巻いた『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第103回は、庶民には想像もつかない超富裕層のマインドに迫る。

数億円の損失を出した社長

 道塾学園創業家の御曹司・藤田慎司は、祖父から後継指名を受け、藤田家の資産管理会社の番頭・本間に引き合わせられる。本間は慎司に「株式会社藤田」の総資産は約6000億円に達し、世界中に投資のネットワークを広げていると明かす。

 地主の旧家や企業の創業家は、作中に出てくるような資産管理会社を置くケースが多い。節税や相続の面でメリットがあるからだろう。庶民には縁遠いそんな超富裕層の世界を垣間見られるのも記者家業の醍醐味だった。

 20年以上前、ある上場企業の創業者と親しくなった。日本独特の夜討ち・朝駆け(日経では朝回り・夜回りと呼ぶ)で自宅に押しかけるうち、朝食を一緒に食べ、昼もたまにコーヒーのお相手に呼び出されるようになった。

 こうなればしめたもので、ネタは抜き放題だったのだが、それより楽しかったのが雑談だった。社長が語る昭和の経済界や政官界の裏面史が抜群に面白く、若手記者にとって大いに勉強になった。

 そんなある日「MMF元本割れ問題」が世間を騒がせた。MMFは当時、銀行預金並みの低リスク商品として広く普及していたが、2001年の米エンロンの経営破綻の余波で元本割れが発生。被害の拡大が連日紙面を賑わせ、テレビでも大きく取り上げられていた。

 私が「アレはびっくりしましたね」と世間話のつもりで振ると、社長はニヤリと笑って、手元のファイルから1枚の紙を取り出した。それは社長の資産管理会社の保有するMMFの一覧だった。

 総額は百数十億円、被害額は数億円に達していた。「文句言ってもしょうがない」とこぼすと、何事もなかったように別の雑談に移った。数億円の損失を茶飲み話で済ませる。「これが本物の超富裕層の金銭感覚か」と舌を巻いた。

「勘違いするな」超富裕層の言葉の意味

漫画インベスターZ 12巻P117『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 超富裕層を相手とする欧州のプライベートバンクでは、最大の使命は「資産を守ること」とされる。資産を運用で増やすのではない。インフレや相続、戦禍、国家の崩壊などをくぐり抜けて、子々孫々まで実質的な価値を損なわずにバトンをつなぐのが仕事だ。

 プライベートバンクで働き始めたばかりの若者が古参の顧客から「勘違いするな。君の仕事は私を金持ちにすることじゃない。私はもう金持ちだ」と釘を刺されたと言う逸話もある。

 日本屈指の超豪邸に住んでいた前出の社長の道楽は、何年かに一度「普通の豪邸」を建てることだった。建築費は数億円。完成しても住む人はおらず、売るわけでもない。レゴブロックのセットを組み立てるような感覚だったのだろうか。そのうちの一軒の前を通りかかったことがあったが、もぬけの殻で、放置気味なのか少し荒れているように見えた。

 子ども時代に貧相な借家住らしだった私は、マイホームへのコンプレックスのようなものを抱えていた。だが、その社長を見ているうちに「一国一城の主」への憧れは消えた。スケールが大きすぎるものを見て、なにか呪いが解けたようだった。

 ショック療法のような効果だけでなく、豪邸暮らしをするその社長が、それほど幸せそうに見えなかったのも影響したのかもしれない。実家が取り壊される前にnoteに書いたように、ボロボロの借家でも、子ども時代の我が家には幸せな時間が流れていた。きれいごとではなく、幸不幸と住まいの「格」やお金の多寡は、別の問題なのだ。

漫画インベスターZ 12巻P118『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 12巻P119『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク