ノンフィクションライター・甚野博則氏による『ルポ 超高級老人ホーム』が発売直後から注目を集めている。入居金が数億を超える「終の棲家」を取材し、富裕層の聖域に踏み込んだ渾身の一冊だ。本記事では、発売前から話題となっている本書の出版を記念して、内容の一部を抜粋し再編集してお届けする。なお、本書では施設名等を実名で記載している。

「愛人の入れ知恵」で起きた遺産目的の連れ去り事件。「施設に戻りたい」と話す元入居者。福岡の超高級老人ホームで起きた仰天トラブルの全内幕百道浜は福岡の高級住宅エリアだ(Photo: Adobe Stock)

憧れのベイサイドエリア

 福岡県は、民間企業が集計している「将来住みたいと思う都道府県」「住みやすい街」といった類のランキングで必ずと言っていいほど上位に食い込む常連県だ。

 今回の取材先である「百道レジェンドハウス」(仮称)は空港から車で約20分、繁華街の天神からもバスで約20分という便利な場所にあった。

 県内在住者であれば、“百道”と呼ばれるこの場所を知らない者は少ないだろう。

 埋立地一帯に、福岡PayPayドームやショッピングモール、市の図書館や博物館に加えて、多くの医療施設が密集。街の景観を保つため電柱は全て地中に埋められ、博多湾に沿って人工の白い砂浜が広がっている。

 領事館や地元テレビ局の建物もあるベイサイドエリアは程よく賑やかで、住みやすい環境がコンパクトに纏まっている印象だ。

 それだけに、周囲には高層マンションや一軒家も多く建ち並ぶ。プロ野球選手から芸能人、財界人まで、この百道に私邸やマンションの一室を所有している著名人も多い。

遺産目的の連れ去り事件

 実は百道レジェンドハウスを取材する前、ある関係者からこんな“事件”についても聞いていた。

「認知症が進んだ入居者が、ある日突然、施設からいなくなった事件があったみたいです。近県に住む弟が施設から連れ去ったんです。

 慌てた職員が連絡を取り、その後、職員3名が近県の弟の所に出向いて連れ戻しに行ったそうです。連れ去られた入居者は職員に対して『施設に戻りたいけど、弟の前では言えない』と話したといいます」

 なぜ弟が勝手に連れ出したかといえば、その目的は入居者のお金だ。相続の関係で、この入居者が施設に多額の金を払うことを止めたかったという。

「連れ去りを画策したのは弟の愛人の入れ知恵だとも聞いています。施設側は弁護士に相談もしていたようです。結局、その入居者は施設を解約し、弟が後見人となって安い別の施設に入れられてしまったとか」(前出の関係者)

 当時、施設の中で大きな騒ぎになったと関係者は証言した。

 実際にそんな出来事があったのか、百道レジェンドハウスで営業担当を務める小林陽介氏(仮名)に直撃した。

 小林氏は、「私は知りませんが、こういう施設ではいろんなことが起きますからね」と苦笑するばかりであった。

 これまで取材を行ってきた超高級老人ホームでは、様々な出来事を耳にした。そこでは、裕福な入居者が集まる施設ならではのトラブルも起きているのだった。

(本記事は、『ルポ 超高級老人ホーム』の内容を抜粋・再編集したものです)

甚野博則(じんの・ひろのり)
1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)がある。