ノンフィクションライター・甚野博則氏による『ルポ 超高級老人ホーム』が発売直後から注目を集めている。入居金が数億を超える「終の棲家」を取材し、富裕層の聖域に踏み込んだ渾身の一冊だ。本記事では、発売前から話題となっている本書の出版を記念して、内容の一部を抜粋し再編集してお届けする。
見た目が第一、中身は二の次
「とにかく真理の丘は見た目が第一。そこばっかり気にしている」
老人ホーム「真理の丘」(仮名)の現役スタッフ、赤山照子さん(仮名)はそう話す。兵庫県内の飲食店で会った彼女は、絶対匿名を条件に施設の内情について滔々と語り始めた。
この施設は関西の富裕層をターゲットとした老人ホームであり、テレビでも施設の“高級感”を押し出して度々取り上げられている。
この施設の特徴といえば、何といっても著名な料理人が監修しているレストラン。館内にあるレストランは一カ所だけでなく、各階に和洋中から鉄板焼きまで揃っているのは極めて珍しいと言えるだろう。その日の気分でレストランを選べるだけに、食事が施設最大のウリになっているのだ。
もちろん体操やフラワーアレンジメント、施設内でのコンサートといったアクティビティーやイベントも、高級と呼ばれる他の老人ホームと肩を並べるほどの充実ぶり。その他、24時間看護師が常駐し、医療施設を併設しているという点も、ラグジュアリーな施設で定番のサービスだ。
だが――。その実態はまるで違うと明かすのが、赤山さんだ。
「理事長や奥さんがブランド好きやからね。床は大理石、300万円ぐらいのソファーも施設に複数置いてます。絨毯や壁紙はラブホテルみたいに奇抜なデザインで、ロビーに胡蝶蘭を飾ったりと、目に付く所だけは豪華にしてます」
常駐ドクターも親族の言いなり
すでに真理の丘を退職した小泉陽子さん(仮名)は、施設でこんな光景も目撃している。
「有名なメーカーの会長さんが、認知症でご入居されています。会長が認知症であることは世間には秘密で、スタッフは写真撮影をしないよう言われています。でも、契約なさっているお部屋は、会長にしては見晴らしのあまりよくないお部屋で、ベッドも備え付けの一番安価な電動ベッド。少しお気の毒なんです」
それだけではない。小泉さんはこう続ける。
「会長の奥様がよく面会に来られるのですが、ある日、玄関にあるソファーで、ご夫妻が並んで座っていました。そこで奥様が、ご主人名義の会社の株を売却するため証券会社かどこかに電話をされていたんです。
株券の名義人本人が認知症に罹患している場合、簡単に株を売却できないと聞いたことがあります。そこで、真理の丘に常駐しているドクターを電話口に出して、『〇〇さんは認知症ではありません』と言わせているのを見てしまったんです」
その後、株を売却できたかまでは不明だ。ただ、施設側の医師がそうした不正行為に加担しているとすれば、大いに問題である。
この翌日、私は真理の丘へ潜入取材をすることになっていた――。
(本記事は、『ルポ 超高級老人ホーム』の内容を抜粋・再編集したものです)
1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)がある。