アドラー心理学の入門書として2013年末に刊行された『嫌われる勇気』。発売から10年余を経た今もベストセラーとして読み継がれ、ついに国内300万部を突破しました。「人生を一変させる劇薬」とも言われるその内容は、多くの読者に衝撃を与え、対人関係や人生観に大きな影響を及ぼしています。
そこで本連載では、『嫌われる勇気』が説くアドラー心理学の重要ポイントについて、著者の二人が改めてわかりやすく解説していきます。今回は『嫌われる勇気』の基礎知識および「原因論と目的論」「トラウマの否定」「対人関係の悩み」について。
『嫌われる勇気』の基礎知識
Q:『嫌われる勇気』って、そもそもどんな本ですか?
A:哲学者の岸見一郎とライターの古賀史健が、「アドラー心理学の入門書にして決定版」をめざして刊行した本です。最大の特徴は、アドラー心理学に精通した「哲人」と、人生に多くの悩みを抱える「青年」の対話篇形式をとっていること。
その読みやすさや内容の深さもあって本書は、2013年12月の発売以来、日本国内で300万部超、世界全体では1000万部超(40以上の国・地域・言語)という異例の大ベストセラーを記録しています。また2016年には完結編となる『幸せになる勇気』も刊行され、こちらも国内外でベストセラーを記録しています。
現在でこそ、日本でもアドラーの名は知られるようになってきましたが、本書が刊行された2013年以前はほとんど無名の「知られざる巨人」でした。現代日本にアドラーを紹介したという意味でも、おおきな役割を果たした一冊です。
Q:『嫌われる勇気』で解説される「アドラー心理学」とは?
A:20世紀の初頭にウィーン出身の精神科医、アルフレッド・アドラーが創設した心理学(個人心理学)の別称です。精神分析の祖、ジークムント・フロイトの共同研究者としてそのキャリアをスタートさせたアドラーは、やがて学説上の対立からフロイトと袂を分かち、自らの思いに基づく心理学を創設しました。その後、アメリカに渡ったアドラーの個人心理学は大いに発展し、現在ではフロイト(精神分析学)、カール・グスタフ・ユング(分析心理学)と並んで、心理学界の三大巨頭と称されるようになりました。
なかでもアドラーが与えた影響は大きく、たとえば『人を動かす』や『道は開ける』で有名なデール・カーネギーも、アドラーのことを「一生を費やして人間とその潜在能力を研究した偉大な心理学者」と称賛し、彼の著書にはアドラーの思想が色濃く反映されています。ただし、アドラーの思想は「時代を100年先駆けていた」と言われることも多く、いまだ時代はアドラーに追いついていないとも言えるでしょう。
人生が変わる!『嫌われる勇気』の教え
Q:「原因論」と「目的論」ってなに?
A:原因論とは、なにかの問題に関して、その原因をさかのぼって考える手法です。フロイトは、この原因論の立場から人間心理を考察しました。たとえば恋愛に臆病な男性がいたとき、彼の「過去のつらい失恋」や「幼少期の家庭環境」などに注目しながらその心理を分析していきます。
一方でアドラーは、目的論という立場をとりました。こちらは、過去の原因ではなく、「いまの目的」に注目する考え方です。つまり、彼には「失恋して傷つきたくない」という「いまの目的」がある。その目的をかなえるため、あれこれ理屈をつけて恋に踏み出さずにいる。そう考えるわけです。みなさんはどちらが納得できますか?
Q:「トラウマ」が存在しないって本当?
A:目的論の立場に立つアドラーは、トラウマ(心的外傷)の影響を否定しました。もちろん、トラウマそのものは存在します。アドラー自身、第一次世界大戦では軍医として従軍し、神経症を患った大勢の兵士に接してきました。戦場でのトラウマに苦しむ兵士も数多く見てきたことでしょう。
しかし、それでもなおアドラーは過去のトラウマがその人の人生を決定するのではない、過去になにが起こったのかは、成功の原因でも失敗の原因でもない、と語っています。トラウマはある。しかし人間はトラウマに翻弄されるほど脆弱な存在ではない。それがアドラーの真意です。
Q:「すべての悩みは対人関係の悩み」なのはなぜ?
A:アドラーは「人間の抱える悩みは、すべて対人関係の悩みである」と語っています。個人的な悩みなど存在せず、どれだけ個人的に思える悩みでも、その根底には対人関係がある、というわけです。
たとえば、生涯に渡って無人島に生活する姿を想像してください。そこでは、容姿の悩みも、お金の悩みも、学歴や社会的地位の悩みも、国籍や人種、民族などに関する悩みも存在しないでしょう。これらの悩みは、私たちが社会に組み込まれ、対人関係の網の目に組み込まれたとき、はじめて発生するものです。
「すべての悩みは対人関係の悩みである」という原則を理解すると、悩みを解決する方法も考えやすくなります。