刊行10周年を迎えた世界的ベスト&ロングセラー『嫌われる勇気』日本ではあまり知られていなかったアドラー心理学の教えを、哲人と青年の刺激的な対話を通じて解説し、読者から圧倒的な支持を受けています。このたび10年の節目を記念して、著者である岸見一郎氏と古賀史健氏が対談をおこないました。
2024年2月時点で『嫌われる勇気』の国内部数は296万部、さらに世界中で翻訳刊行もされておりその累計部数は1000万部超。異例の大快挙を成し遂げた岸見氏と古賀氏は、この10年をどう振り返るのでしょうか。第3回では、アドラーの教えのなかで「いま注目したいテーマ」について語り合います。(構成/森川紗名)

『嫌われる勇気』10周年、岸見一郎・古賀史健対談Photo: Adobe Stock

理想論だからこそ、実践する

──いまを生きる人にとって、もっとも有意義なアドラーの教えはなんでしょうか?

古賀史健(以下、古賀) 「より大きな共同体の声を聴け」は、これからますます大事になる考え方だろうと思います。

 たとえば今、世界各地で戦争が起こったり、さまざまな国でポピュリズムの流れが強くなったりしています。ポピュリズムがまん延する背景には、政治経済レベルの問題だけでなく、人々の気持ちが内向きになっていることが挙げられる。みんなが不安を抱え、自分の利益だけを考えるようになればなるほど、ポピュリズムは支持を得ていくものですから。

 そうやって「自分の気持ちが内向きになっている」と気づいたときは、一度立ち止まって「自分たち」の枠をもう少し広げて考えてほしい。自分の仲間をひとまわり大きい範囲で捉えなおすだけで、つまりアドラーの言う「より大きな共同体」の声を聴くだけで、さまざまな諍いは解決に向かうのではないか。理想論ではありますけど、そう思っています。

「嫌われる勇気」著者、古賀史健古賀史健(こが・ふみたけ)
ライター/編集者
1973年福岡生まれ。株式会社バトンズ代表。これまでに80冊以上の書籍で構成・ライティングを担当し、数多くのベストセラーを手掛ける。20代の終わりに『アドラー心理学入門』(岸見一郎著)に大きな感銘を受け、10年越しで『嫌われる勇気』および『幸せになる勇気』の「勇気の二部作」を岸見氏と共著で刊行。単著に『20歳の自分に受けさせたい文章講義』『取材・執筆・推敲』『さみしい夜にはペンを持て』などがある。

岸見一郎(以下、岸見) まさにそのとおりで、哲学は現状を追認するのではなく、理想説くものだと考えています。私はアドラー心理学を広く哲学の枠で捉えているので、アドラーの教えは理想論と言い切っていい。そしてもちろん「理想論だから意味がない」わけではありません。むしろ、「実践されていないからこそ、理想を目指す」というのが、アドラーの教えであると私は理解しています。理想を目指さなければ現状を変えることはできません。

古賀 そうですね。「より大きな共同体の声を聴け」という理想にむかって、実践する勇気を忘れないでいたいです。

「いま、ここ」を真剣に生きる

岸見 私が考える、今もっとも重要なテーマは「いま、ここを生きる」です。じつはこれ、アドラーは必ずしもはっきりとは言っていません。

古賀 はい、『嫌われる勇気』のなかで哲人が語っている言葉ですね。「われわれは『いま、ここ』にしか生きることができない」と。

岸見 そうです。アドラー自身は「ザッハリッヒ(sachlich)に生きる」と表現しました。私はザッハリッヒを「即事的」と訳しましたが、簡単にいうと「地に足がついた現実的な生き方が大事だ」という意味です。具体的には「人からどう思われるか気にしない」。そして「自分や他者に理想を見ない」。この2つが大事だとアドラーは説きます。

「嫌われる勇気」著者、岸見一郎岸見一郎(きしみ・いちろう)
哲学者
1956年京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。アドラー心理学の新しい古典となった『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(共著・古賀史健)執筆後は、国内外で多くの“青年”に対して精力的に講演・カウンセリング活動を行う。訳書にアドラーの『人生の意味の心理学』『個人心理学講義』、著書に『アドラー心理学入門』『幸福の哲学』などがある。

 ザッハリッヒに生きるためには、じつはもうひとつポイントがあると私は考えています。それが「いま、ここを生きる」です。

 今年は年明け早々、ほんとうに大変な災害が起こりました。われわれは普段、災害に遭う、あるいは病気になる可能性を忘れたまま、未来に希望を託して生きています。けれど、災害が起こるたびに「思い描いた未来がくるとは限らない」と思い知らされます。

 理不尽な悲劇が起こったとき、人は過去に縛られ、後悔し、苦しみます。けれど過去を変えられない以上、幸せを希求するのであれば「いま、ここ」に集中して「これからなにができるのか」を考えるべきです。予測不可能な未来に希望を託したり、過去に支配されたりせず、いま、ここを生きる。いかに自分が他者に貢献できるかを考えながら、今日できることを真剣かつ丁寧にやっていくしかありません。

 こういう人生観を『嫌われる勇気』のなかで、哲人は語っています。もしアドラーが存命で、私たちの本を読んだとしたら、「まさに私が言おうとして、言い切れなかったことだ」ときっと認めてくれるでしょう。その考え方が読者に少しでも伝わればうれしいです。

世代を超えて読み継がれる「永遠の若者の書」へ

──昨年、岸見先生は、東京都立成瀬高校のみなさんからのインタビューを受けられました。その際にも、「高校時代の貴重な今を真剣に生きてほしい」とのメッセージが、彼らの胸にしっかり届いていましたね。

岸見 そうでしたね。私の話を真剣に聞いていた彼らが「受験勉強をしている今日という日は、けっして将来の準備期間ではない」と思い至ってくれた。その態度や理解力に、非常に大きな感銘を受けました。

 そういう意味では、ひょっとしたら年長者より若い人のほうが、アドラーの考え方を素直に、正しく読み取れるのかもしれません。つまり、『嫌われる勇気』は永遠に若者の書。どの時代の人でも納得できる内容ですから、現代に限らず、若い人にずっと読み継がれる本になるのではと期待しています。

古賀 永遠の若者の書。いいですね。きっとそうなると思います。というのも、『嫌われる勇気』のAmazonのレビューを見ていると、「子どもにおすすめしたい」とのコメントや、実際に「すすめられて読みました」という若い人もいるんです。少しずつ、確実に次の世代に渡っている実感がありますね。

──Amazonのレビュー数は25,000件を超えています。

古賀 この本を読んだことによって心が動き「なにか言いたい、伝えたい」と思ってくれた人が25,000人以上いる。そう考えると、ほんとうに幸せな本だなと思います。

この一冊から、自分を変え、世界を変える勇気を

──さいごに、未来の読者へのメッセ―ジをお願いします。

古賀 僕はこれからアドラーに出合う人がうらやましい。なぜならアドラーは、出合った人の考え方や物の見方を必ず変えてくれる思想家だからです。

 僕はアドラーの教えのすべてが真理だとは思っていません。けれど、こういう考え方があると知るだけで、ひとつの見方に凝り固まっていた自分を溶かしてくれます。当たり前と信じていた常識がガラガラと音をたてて崩れていく体験は、一生のうちに何度もできるものではありません。悩んでいる人、壁にぶち当たっている人はぜひ手にとってほしいですね。

岸見 これから『嫌われる勇気』を読む若い世代の人たちには、「私には共同体を変える力がある」と信じてもらいたいです。家庭、学校、職場といった共同体に、若い人は後から参加しますよね。はじめのうちは「どうせ新入りだから」と自らの無力さを感じるかもしれません。けれど、こう考えてください。「私が参加した時点で、私が所属していなかった共同体は消滅した」と。

 私が所属していない共同体は、もはやない。その事実を強気に捉えて「私が生きている世界は、私が変えていけるんだ」と信じてください。道の途中では、嫌われたり抵抗されたりすることもあるでしょう。また、すぐには思いが叶わないかもしれません。それでも一歩ずつ歩みを進めれば「自分の力は意外に大きい」と実感する日がきっときます。

『嫌われる勇気』は最初の一歩を踏み出す勇気をもらえる本です。本を手に取った人のなかから、自分を変え、そして世界を変える勇気をもつ人が現れることを強く願っています。

(おわり)