「でもあんた、本当は何がしたいのよ?」
見かねたヴィーはため息をつきながら言いました。
「でもあんた、本当は何がしたいのよ?」
核心を突かれた私は答えに詰まってしまいました。毎日に一生懸命で、そんなこと考えたこともなかったのです。本当は「何がしたい」のか全くわかりません。ですが、一つだけわかることがありました。それは「したくないこと」です。
そこまで無理をして出世したくない。ヴィーが言うような「キツい女」になりたくない。人を蹴り落とすような人間にだってなりたくない。ヴィーの店を出る頃には私は会社を辞める決意を固めていました。
「単刀直入に言おう。辞めないでほしい」
何度も書き直した辞表を上司と人事課の担当者に手渡したその日の午後、社長室から電話がありました。呼び出しです。
当時の私はまだマネジャーでしたので、社長と会うのは、プレス・ツアーやイベントがほとんど。社長室に上がるのは、インタビューがある時、もしくは掲載記事に関するお咎めがある時くらいでした。何をやらかしたのか心当たりもなく、暗い気持ちで社長室の大きなドアをノックすると、カリスマ社長は「よく来たね」とソファーを勧めてきました。
腰をかけると、社長は間髪入れずに言いました。
「単刀直入に言おう。辞めないでほしい」
私のような中間管理職の社員に社長本人が気を回しているのです。驚きのあまり硬直している私に、いつもは冗談を飛ばす愉快な社長は真剣な顔で続けました。
「こちらで状況を改善できることがあったら遠慮なく言ってほしい。何でも希望が叶うとしたら、君は何がしたい?」
本当は何がしたいのか。ヴィーと全く同じ質問です。何か答えなきゃと焦るのですが、焦れば焦るほど頭の中は真っ白です。どうしよう、どうしよう。とっさに私はこんなことを口走っていました。
「ブランドの力を使って社会貢献がしたいです。チャリティーの仕事をやってみたいです」
行き先も定めずに山登りをする無謀な人はいない
言った本人がびっくりしていると、社長はひと言、
「いいだろう」
と言ってくれました。言ってみて初めて、自分が何をしたかったのか、何を求めていたのか、わかったような気がしました。
仕事にやりがいを感じることができない人。行き詰まりを感じている人。会社を辞めたいと思っている人。そんな人がいたらまず、自分が「本当は何がしたいのか」、考えてみるとよいかもしれません。それがはっきりしないうちは会社を替えても、職種を替えても、あまり意味はありません。
行き先も定めずに山登りをする無謀な人はいないでしょう。人生の山登りも一緒です。まずは腰を据えて、自分が目指すべき場所を定めましょう。
※本稿は『パリジェンヌはすっぴんがお好き』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。