ルイ・ヴィトンのパリ本社に17年間勤務しPRトップをつとめ、「もっともパリジェンヌな日本人」と業界内外で称された藤原淳氏が、パリ生活で出会った多くのパリジェンヌの実例をもとに、「自分らしさ」を貫く生き方を提案したのが、著書『パリジェンヌはすっぴんがお好き』。著者が言うパリジェンヌとは、「すっぴん=ありのままの自分」をさらけ出し、人生イロイロあっても肩で風を切って生きている人のこと。この記事では、本書より一部を抜粋、編集しパリジェンヌのように自分らしく生きる考え方をお伝えします。

【パリの常識は日本の非常識】会社を辞めたい人が、辞める前に考えるべきたった1つのことPhoto: Adobe Stock

会社を辞めたい人が、辞める前に考えるべきこと

 カウンターの端に座った私は肘をついてぼんやりしていました。温かいハーブ・ティーが胃に沁みます。その頃、私は本社の近くにあるヴィーのビストロにしょっちゅう顔を出すようになっていました。ここに座っている時ばかりは私も一切取り繕わず、ありのままをさらけ出すことができるのです。貴重な時間でした。

 アネゴに諭されて以来、同僚とつるむ機会は徐々に減らし、辛口トークで人をこき下ろすようなこともなくなりました。オフィスの吹きだまり感もだいぶ抜けてきました。それでもまだ、「昇進する気構えを持って振る舞いなさい」という部長の言葉の意味がわからず、自問自答を繰り返していました。

 自他共に認めるディレクターになるために、みんなの信頼を勝ち取れという意味なのだろうか。今から実績を出せということなのか。いろいろ解釈してみるのですが、「言うは易し」とはまさにこのこと。

 噂が回りきる頃には、人望どころか敵が増えていました。私の本意を確かめに来る人。マウンティングをしに来る人。あからさまに敵意を見せる人。同僚に頼み事などできない雰囲気がしばらく続きました。胃もまた痛くなってきました。

「で、昇進するの、しないの?」

 昼時間のビストロは相変わらず業界人間で賑わっています。ヴィーはテーブルを回ってオーダーを取り、おなじみさん一人一人に声をかけながらも私の相手をしてくれます。

「で、昇進するの、しないの?」

 言葉に詰まっていると、ヴィーはさらに突っ込みを入れてきます。

「煮え切らないわねー。ファッション業界ってほら、キツい女多いじゃない? あんたももっとキツくならないとやっていけないわよ。人を蹴り落とすくらいの勢いで。ほら、見てごらんなさい」

 振り向くと、連れと一緒にランチにやってきたミレイユが入り口で携帯に向かって何かわめいています。予約人数を間違えたアシスタントを叱り飛ばしているようです。

 電話を切ってから客席の挨拶回りをしているミレイユを見ながら、私はふと思うことがありました。彼女こそ、「スポンと抜けた存在」という表現がぴったりの女性です。もっと言えば、ミレイユのためにあるような言葉です。

 彼女のような人が出世していくということなのでしょう。スケスケの服を平気で着るミレイユを「かっこいい」「あんなふうになりたい」と常日頃思っていた私です。けれども、店内の顔見知りにろくに挨拶もせず、カウンターにひれ伏している私がミレイユのようになれるはずがありません。そのことは痛いほどわかっていました。別の人間になれ、と言われているようなものです。