価値観が多様化し、先行き不透明な「正解のない時代」には、試行錯誤しながら新しい事にチャレンジしていく姿勢や行動が求められる。そのために必要になのが、新しいものを生みだすためのアイデアだ。しかし、アイデアに対して苦手意識を持つビジネスパーソンは多い。ブランドコンサルティングファーム株式会社Que取締役で、コピーライター/クリエイティブディレクターとして受賞歴多数の仁藤安久氏の最新刊言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』は、個人&チームの両面からアイデア力を高める方法を紹介している点が、類書にはない魅力となっている。本連載では、同書から一部を抜粋して、ビジネスの現場で役立つアイデアの技術について、基本のキからわかりやすく解説していく。ぜひ、最後までお付き合いください。

赤ちゃんでも驚いて、思わず見入ってしまう現象とは?Photo: Adobe Stock

「できることなら観せたくない」動画が増えている

 QUESTRO(クエストロ)という私が個人的な思いから立ち上げたチームがあります。

 子ども向けの映像をつくっているチームで、映像監督や音楽プロデューサー、アニメーター、映像プロデューサーなどが会社や組織を超えてつながっています。現在では、『シナぷしゅ』というテレビ東京系の番組へのコンテンツ提供などを行ったりしています。

 このチームを立ち上げたそもそものきっかけは、漠然とした問題意識からでした。

 スマホの普及などにより、誰もが「つくり手」になることができて、誰もがカンタンに情報発信ができる時代になりました。撮影することも、編集することも、特別なことではなくなりました。自分で映像を制作し発信し、それで生計を立てていくYouTuberも増え、小・中・高校生が将来なりたい職業にランキング入りして話題にもなっています。

 しかし、映像のつくり手でもある私としては、少し気になることがありました。

 それは、どんな動画のチャンネルが人気があって、どんな動画が多く見られているか当時、改めて見てみたのです。2017年当時の動画再生数ランキングを見ると、上位20位のうち1/3が未就学児を対象にしたチャンネルだったのです。

 もちろん、それ自体に対しては、そんなものか、という感情もありました。しかし、同じような動画ばかりじゃないか、とも思ったのです。

 0~1歳くらい向けであれば、ひたすら「いないいないばあ」をしているだけなど、1本の動画を観るのも、10本の動画を観るのも変わらないように思えました。中にはいいクオリティで制作者が工夫してつくっている動画もあるのですが、「クオリティの低い動画」が量産され、多感な幼児期に触れさせつづけている現状があると思わざるを得ない状況でもありました。

 これは、撮影や編集の巧拙ではなく、「企画」や「狙い」がないことが問題だと捉えて、数字を稼げた動画を模倣して、いろいろな人が同じ企画のものをコピーして大量生産していることが問題だと思ったのです。

 映像に関わる仕事をするプロとして、この現状に対して何かできることがあるのではという問題意識を持ちました。

 Eテレが、クリエイターの手によってクオリティが高まり、子どもにとってのテレビの価値を再び高めたように、インターネット配信される動画も、クリエイターの手で価値あるものにすべきだと思ったのです。

 子育て中の親に聞いてみると、「できることなら観せたくない」という意見がほとんどという状況でした。

「ぼぉっと口をあけて観ているんで、よくないなぁと思っている」
「料理をつくんなきゃいけないときに、静かにしていてほしくて、つい、スマホを渡しちゃう」
「本当は観せたくないのですが、テレビよりも食いつきがよくて、ずっと観つづけているから……」
「電車に乗っているときとか、外食中、動画を観せていれば静かにしていてくれるから」
 といった意見が聞かれました。

 積極的には「観せたくない」コンテンツなのに、視聴数が爆発的に伸びている現状。

 外でぐずって仕方ないとき、料理や掃除など子どもに落ち着いていてほしいとき、仕事や疲れで子どもの相手ができないとき……よくない、と思いながらも仕方なく観せているという歪んでいる現状に着目して、クエストロの活動はスタートしました。

子どもの「観たい」と、
親の「観せてもいい」を一致させる

 子どもの「観たい」と、親の「観せてもいい」は重ねられるはず。

 赤ちゃん学や幼児発達学などの観点から、コンテンツを作成するなど、工夫をすれば親が子どもに触れさせるときの「罪悪感」を減らすことができるはず。幼児教育の重要性にますます注目が集まり、様々な学校や教育サービスも生まれているいまだから、本当に価値のあるコンテンツをつくっていきたいと思いました。

 クエストロという名前は、Quest(探求)とMaestro(巨匠)を組み合わせたもの。子どもたちの探求する心に敬意を持って、彼らと一緒に探求できるようなコンテンツをつくりたいと思いました。

 幼児教育のプロは、メンバーの中にいません。しかし、反応がわからない幼児に対して「仮説を持ってコンテンツをつくる」ことが、クエストロらしいアプローチだと位置づけました。

 たとえば、

問い:日常の中で使われるような親子手遊びはつくれるか

 このような問いから生まれたのが、「パン」のシリーズです。こどもたちが大好きなパン。様々なパンのリズムに合わせて手を「パン」と叩くようなものです。

 パンが3つあれば、パンパンパンと3回叩く。クリームパンが出てくれば、パンのところで一緒に手を叩く。パンを食べるときに、親子で一緒に手を打ち鳴らすようなコミュニケーションが生まれればと思ったのです。

 この動画は、とても評判がよく、普段、手遊びに反応しないようなお子さんも反応したといったような声をよくいただいています。そこで気をよくした我々は、「ドン(丼)」や「トン(豚)」や「チャ(茶)」など、どんどんシリーズを広げていきました。

赤ちゃんにも「インサイト」のようなものはある

 このクエストロの活動は、ある出会いによって大きく広がりました。

 いいアイデアには必ずいいインサイトがある、と言いながら、赤ちゃんのインサイトは素人である私たちにはわからなかったのです。

 そこで、「赤ちゃんが発達していく過程で必要不可欠な能力」について科学的に研究をされている東京大学の開一夫教授にコンタクトをとりました。すると、お忙しい中、時間を割いてくださり、私たちの活動の話を聞いていただけました。そして、ると教えてくださったのです。

 そこで、やみくもに仮説を立てるのではなく、研究結果に基づいて映像をつくること赤ちゃんにも私が言う「インサイト」のようなものはあにしました。その基になったのは、「物理現象から『外れたこと』が起こったときに赤ちゃんであっても注視は高まる」というものです。

 たとえば、下図のように「レインボースプリング」自体は見ているだけで飽きないものです。

 しかし、それに加えて、撮影したものを途中で逆再生させたりすることで、重力という物理現象からはかけ離れたものになります。すると、赤ちゃんの中で「どうなっているのだろう?」という疑問が生まれ、赤ちゃんであっても注視率が高まるのではと考えて制作しました。

「あれ、おかしいな」ということから、赤ちゃんの中に疑問が生じて、実際におもちゃ遊びをするときに、テーブルからおもちゃを落としてみるなど、物理的な検証が赤ちゃんにも起こるのではないか、と仮説を立てて映像をつくりました。

 クエストロは、名前を「探求の達人」としたように、素人ながらも仮説を持っていることの大切さを追求しています。

 この「仮説を持つ」ということにアイデンティティを持っているからこそ、オリジナリティのある作品をつくり続けられているのだと思います。

(※本稿は『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』の一部を抜粋・編集したものです)

仁藤安久(にとう・やすひさ)
株式会社Que 取締役
クリエイティブディレクター/コピーライター
1979年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。
2004年電通入社。コピーライターおよびコミュニケーション・デザイナーとして、日本サッカー協会、日本オリンピック委員会、三越伊勢丹、森ビルなどを担当。
2012~13年電通サマーインターン講師、2014~16年電通サマーインターン座長。新卒採用戦略にも携わりクリエイティブ教育やアイデア教育など教育メソッド開発を行う。
2017年に電通を退社し、ブランドコンサルティングファームである株式会社Que設立に参画。広告やブランドコンサルティングに加えて、スタートアップ企業のサポート、施設・新商品開発、まちづくり、人事・教育への広告クリエイティブの応用を実践している。
2018年から東京理科大学オープンカレッジ「アイデアを生み出すための技術」講師を担当。主な仕事として、マザーハウス、日本コカ・コーラの檸檬堂、ノーリツ、鶴屋百貨店、QUESTROなど。
受賞歴はカンヌライオンズ 金賞、ロンドン国際広告賞 金賞、アドフェスト 金賞、キッズデザイン賞、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など。2024年3月に初の著書『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』を刊行する。