価値観が多様化し、先行き不透明な「正解のない時代」には、試行錯誤しながら新しい事にチャレンジしていく姿勢や行動が求められる。そのために必要になのが、新しいものを生みだすためのアイデアだ。しかし、アイデアに対して苦手意識を持つビジネスパーソンは多い。ブランドコンサルティングファーム株式会社Que取締役で、コピーライター/クリエイティブディレクターとして受賞歴多数の仁藤安久氏の最新刊言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』は、個人&チームの両面からアイデア力を高める方法を紹介している点が、類書にはない魅力となっている。本連載では、同書から一部を抜粋して、ビジネスの現場で役立つアイデアの技術について、基本のキからわかりやすく解説していく。ぜひ、最後までお付き合いください。

日常のちょっとした不快感から生まれた、3つの凄いアイデアPhoto: Adobe Stock

消費者やユーザーの困りごとが、いいアイデアの起点

 インサイトの発見は、ネガティブなものの中に多く潜んでいます。

 消費者の中の「不」を発見する、ということや、クレイトン・クリステンセンのジョブ理論なども同じ考え方だと思いますが、消費者やユーザーの中にどんな困りごとがあるのか、その発見こそが、いいアイデアの起点となります。

 たとえば、カフェなどでアイスコーヒーやアイスカフェラテを頼んだとき、もしくは、家で冷たい飲み物を飲んでいるときに、テーブルの上に水滴がついてしまうことがあります。

 私は、カフェなどで無意識のうちに、テーブルについた水滴をおしぼりで拭いたり、ペーパーナプキンをコップの下に敷いたりすることがあります。

日常のちょっとした不快感から生まれた、3つの凄いアイデア

 このように無意識で行っていることに対して、これはストレスになっていることだと気づき、言語化できること。それこそが、いいアイデアの基となるインサイトの発見だと言えます。

コップについた水滴が、テーブルに移って不快感が生まれる

 このインサイトに気づいたときに、どんなアイデアを、いいアイデアとして選ぶべきでしょうか。

 ひとつは、まっすぐに「水滴がつかないようにする」ということに向かって考えられたアイデアです。下図のようにコップを二重ガラスにして、水滴がそもそもつかないものを開発するというのがあるでしょう。これも、いいアイデアだと思います。

日常のちょっとした不快感から生まれた、3つの凄いアイデア

テーブルに水滴がつく不快感が
快感に変わる凄いアイデア

 しかし、この問題の解決方法は、それだけではないのです。

 普通のグラスに冷たい飲み物を入れたら、水滴はつく。その前提を覆すことなくアイデアでこの問題を解決するという道も別にあるのです。

 それが、以前にも紹介した「サクラサクグラス」でした。これはサクラサクという名前の通り、グラスの底面にある仕掛けがなされていて、グラスについた水滴がテーブルについたときに、桜が開花したような跡が残るというものです。

日常のちょっとした不快感から生まれた、3つの凄いアイデア

 水滴がテーブルについてしまうという、本来嫌なことを「楽しい方向に変える」という素晴らしいアイデアです

答えは一つではない

 他にも、グラスではなく、違うアイデアとして生まれた商品があります。それが、コースターを新たに開発することでした。本来、コースターは、水滴がついてしまうことを防ぐ用途として使われてきました。

 しかし、紙のコースターだとコップを持ち上げたときに、一緒にくっついてきてしまい、その途中でテーブルに落ちてしまったり、水滴でびしょ濡れになってしまったりと、本来ストレスをなくすためのものなのに、新たなストレスとなっていることがありました。

 そこで、この下図の商品は、水と最も相性のいい素材を探し出し、「水に強く、水を弾き、どれだけ濡れても美しさが損なわれない素材」ということで、タイルでコースターをつくったのです。

日常のちょっとした不快感から生まれた、3つの凄いアイデア

 グラスにくっつかないだけでなく、浴室の壁などと同様に水に濡れていることを想定してつくられた素材は、濡れてもみすぼらしくならず、むしろ美しくも感じる。こちらも、素敵なアイデアです。

 いかがでしょうか。

 消費者目線で、この3つのアイデアを検証してみると、いずれも正解だと言えます。それは、どれもインサイトがきちんと入っているからなのです。

 このように強いインサイトとは、唯一の正解があるわけではありません。ですから、思考を柔軟にしてあらゆる視点からインサイトの仮説を出していく必要があります。

 そのためにも「インサイト発見力」を鍛えていく必要があります。

(※本稿は『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』の一部を抜粋・編集したものです)

仁藤安久(にとう・やすひさ)
株式会社Que 取締役
クリエイティブディレクター/コピーライター
1979年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。
2004年電通入社。コピーライターおよびコミュニケーション・デザイナーとして、日本サッカー協会、日本オリンピック委員会、三越伊勢丹、森ビルなどを担当。
2012~13年電通サマーインターン講師、2014~16年電通サマーインターン座長。新卒採用戦略にも携わりクリエイティブ教育やアイデア教育など教育メソッド開発を行う。
2017年に電通を退社し、ブランドコンサルティングファームである株式会社Que設立に参画。広告やブランドコンサルティングに加えて、スタートアップ企業のサポート、施設・新商品開発、まちづくり、人事・教育への広告クリエイティブの応用を実践している。
2018年から東京理科大学オープンカレッジ「アイデアを生み出すための技術」講師を担当。主な仕事として、マザーハウス、日本コカ・コーラの檸檬堂、ノーリツ、鶴屋百貨店、QUESTROなど。
受賞歴はカンヌライオンズ 金賞、ロンドン国際広告賞 金賞、アドフェスト 金賞、キッズデザイン賞、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など。2024年3月に初の著書『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』を刊行する。