責任感が足りないから
遅刻するのか?

 K子さんは、上司から「責任感」が足りないと指摘され、「キチンと自己管理すべきだ」と言われてしまいました。しかし、K子さんとしては、いくら気をつけようと思っても、結局遅刻を繰り返してしまう。そんな自分自身に、かなり自己嫌悪してしまっています。

 「あるべき自己」と「ある自己」という言葉を使って心理状態を整理してみると、遅刻してしまう状態の人は、自己イメージが「あるべき自己」一色になってしまっていて、「ある自己」が見えなくなってしまっているのだと言えるでしょう。

 そこに、「自己管理すべき」とか「責任感が足りない」といったフレーズは、「頭」の「あるべき」の方ばかりを強化するような言葉ですから、まったく逆効果にしかならないのは明らかなことなのです。

自分に謝ることが大切

 さて、この「遅刻」というものについて、時間軸を過去にたどって眺めてみると、せいぜいここ百数十年程度しか存在していない、極めて新しい観念であることがわかります。つまり、時計などという反自然的で機械的なものに人間が束縛されるようになって登場した、まったく人為的な事態が「遅刻」なのです。

 ですから、大自然由来の「心」=「身体」にしてみれば、機械の時間に合わせて季節も体調も関係なしに起きなければならないことなど、不自然極まりないことであり、やりたくないに決まっているわけです。それを、社会化された「頭」の命令にいつも無理に従わされて、いやいや毎朝起きているのが現代人の実状なのです。

 そういう認識が普段からできていれば、「あるべき自己」とは、現代社会という人為的「ごっこ」の世界の中では望ましいとされている姿に過ぎないわけで、「ある自己」は、かなり無理をしてそれに合わせてくれているのだということが感じられるはずです。

 そうすれば私たちも、「自己管理」とか「自己コントロール」といった「頭」中心の横柄な発想ではなく、「こんな時代に生まれたので、いつも不自然な無理をかけて申し訳ない」といった謝罪といたわりの気持ちが、自分の「心」=「身体」に対して向かうはずです。

 これで、蓋は開き、「ある自己」を見失わない柔らかく自然な自分が保たれるはずですし、遅刻はもちろん、「うつ」という事態に自分を追い込むこともないでしょう。

 次回は、巷でよく耳にする「『うつ』は心の風邪である」ということについて、考えてみましょう。