フロントはさらにひとり、またひとりと、遠征メンバーをピックアップしていく。残された選手は「みんなが抜擢されていくのに、どうして自分だけが残されるのか?」「自分は見捨てられてしまったのか?」と激しい嫉妬と焦燥に駆られる。
最後まで取り残された長与千種の精神状態は最悪だった。
たまに先輩と試合をする時にも、得意の空手はロクに使わせてもらえず、「回し蹴りは胸板以外に入れるな」「踵は危ないから足の裏で蹴れ」と言われる。胸板はもっとも痛みを感じない場所であり、足裏での蹴りが効くはずもない。そんなものは空手ではない。
だが、先輩の言葉は絶対だった。
押さえ込みルールで負け続け、先輩の受けも良くない千種に向かって松永国松マネージャーは「お前は本当にだらしない。もう一回、新人からやり直せ。新人王戦に出ろ」と言った。「これで勝てなかったら、俺らも考えるから」
考えるとは「長与千種の引退を考える」ということだ。
後がなくなった千種は、必死になって後輩たちを倒して、なんとか1年遅れの新人王になったが、喜ぶ千種に国松は「当たり前だよ。後輩に、格下に勝ったって当たり前だろう?」と吐き捨てた。