若い頃、新宿に勤め先があった吉村は、〈その界隈で100近くの飲み屋を知っていた。〉(『味を追う旅』河出文庫)が、そのうちの10軒に司は連れて行かれた。BAR RIDOという店の名前を覚えている。かわいい!と言われながら、司はカクテルグラスに盛られたサクランボのシロップ漬けを食べていた。吉村が店でお金を払わないのを、子供心に不思議に思った。その頃の支払いはツケで、「この間の分、まだ残ってますから」と店の人に言われたりしていた。
「私は覚えていないんですが、小学校に入った頃に、父に会社に行ってほしいとさかんに言っていたようです。友達の父親は朝、背広を着て会社に行くのに、うちの父親はずっと家にいる。大丈夫なのだろうかと、子供心に不安を感じていました」
説明なしにいきなり怒り出す
吉村昭の心を息子が読み解く
吉村は子供のしつけにも熱心だった。怒るときは厳しく怒った。
「体罰はありましたよ。おふくろと同じで、殴られて気絶したこともありました。茶碗などを投げられて、それをよけたら部屋のガラスに当たって割れたり、障子の桟が壊れたことも」
怒られた理由は何だったのか。