背水の陣で臨んだ大勝負
父としての責任と決断
津村が芥川賞を受賞し、吉村は専務として働いていた次兄の繊維会社を辞めた。その折、津村の姉に宛てた手紙には、1年間小説に専念して、一家の家計を支えるだけの収入が得られないようなら、筆を折る覚悟だと書いてあった。
「驚きましたよ。常日頃から、小説は自分の命そのものであると言っていた父が、ですよ。その父が、筆を折る覚悟をしていたなんて……」
衝撃を隠さない表情で司は語る。
「母が芥川賞を受賞したんだから、髪結いの亭主でいいじゃないですか。小説を書こうと思ったらいくらでも書けると思いますよ。筆を折るというのはどういうことか、なんでそこまで言うのかというと、要するに家族を養えないような小説ではダメなんです。一家の主として、収入にならないような小説を書いていては」
命そのものの小説より、一家の主としての責任を果たすという吉村の宣言だった。そう考えるのは、吉村の父親の影響があると司は言う。