だが、当時の私は、口を閉じた貝のように閉じこもり、感情に蓋をしていた。学校での出来事を何も語ろうとしない私に、ある日、母が、「なんでも話していいんだよ」と助け船を出すほど、無口になっていたようだ。

 その母の言葉にハッとしたのを覚えている。何かや誰かに負の感情を抱くのはいけないことだと勝手に思い込んでいたので、そう簡単になんでも話すようにはならなかった。だが、面白かったことなどはポツポツとしゃべるようにはなっていった。

 ひきこもり無職の芽は、もうすでにその頃から芽生えていたかと思っているが、私の人生においてもうひとつ重要な、精神病の芽の始まりという問題がある。それは、父が水虫になったことからだと思われる。なんだ、そんなこと、と言われそうだが、これは真剣な話なのだ。

 伝染する病気というものが、幼心に汚ならしく、恐ろしく感じられ、衛生観念がややいきすぎてしまった。臆病な性格で、細かいことが気になりすぎてしまったのもよくなかったと思う。

 誰でも病気になどなりたくはない。

 父と同じバスマットは使わないようにしよう。なるべく素足でいないようにしよう。足もよく洗うようにしよう。

「そうしようそうしよう」が、「しなくては」に少しずつ近づいていく足音がした。