多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。
相手が語るエピソードを「追体験」する
「傾聴」とは、単に相手の話に耳を傾けることではありません。
相手にとって重要な「エピソード(体験)」を語ってもらって、その「エピソード」を我がことのように追体験することです。
それはいわば、相手が頭の中で思い浮かべている映像をスクリーンに映し出して、一緒にそれを鑑賞するようなものです。そして、相手の「エピソード」にハラハラしたり、ドキドキしたり、怒りを覚えたり、悲しくなったりと、自然と「感情」が湧き上がってくる。この時、相手の「感情」と響きあう「共感」が生まれます。そのような状態になったときに初めて、「傾聴」ができているということになるのです。
“The Most”を聴く
そのためには、相手の「感情」に注意を払いながら、話を聞く必要があります。
そして、例えば、相手が「息子が受験生なのに勉強しないでゲームばかりしています」などと不満気に話したら、そこには「怒り」のような感情が存在していることが推測できるでしょう。
であれば、「もしかして、勉強をしない息子さんに怒りのようなものを感じられたのでしょうか? 違ってたら、ごめんなさい」などと遠慮がちに確認して、「まぁ、そうですね」という反応が返ってきたら、「よかったら勉強をしない息子さんに、いちばん怒りを感じたエピソードを一つ教えてくレませんか」と聞いてみるといいでしょう。
ここでのポイントは、“The Most(最も、いちばん強く)”を聴くことです。つまり、「怒りを感じたエピソードを教えてください」ではなく、「いちばん強く怒りを感じたエピソードを一つ教えてください」と質問するのです。「エピソード」を聴く目的は、話し手に感情を思い出してもらうことと、聴き手が「追体験」して感情に共感しやすくなることにあります。そのためには「いちばん強い感情が生まれたエピソード」を聴くのが正解なのです。
「エピソード」の細部を一つずつ確認する
ただし、そのように尋ねても、一発で「脳裏に映像として思い描ける」ようなレベルでエピソードを語ってくれることは稀です。
例えば、「先週の土曜日だったかな……家族で出かけようとしたのに、『宿題が終わっていないから待ってくれ』と言うので待っていたのに、全然部屋から出てこないのでドアを開けると、彼はゲームをやっていた。これには、カーッと怒りが湧いた」といったレベルの解像度でエピソードを語ってくれることが多いでしょう。
しかし、この解像度では、生々しい感情は湧き上がってきませんよね? そこで、エピソードの解像度を上げるために、細部を確認していくことが欠かせません。そこで、私がおすすめしているのが、「いつ、どこで、誰が、何を言った(セリフ)」を一つずつ細かく確認することです。順番もこの通りがいちばん自然。そして、まるで映画のカメラマンになったかのようにイメージしながらそれらを明らかにしていくのです。
なぜ、「刑事の尋問」みたいになってしまうか?
ところが、これに抵抗感を覚える方がたくさんいらっしゃいます。企業研修で「すごい傾聴」について教えていると、多くの受講者がこのような質問をされるのです。
「先生! そこまで細かく聴くのはためらわれてしまいます。まるで刑事の取り調べ尋問みたいで話し手が引いてしまいそう。聴くのが怖いです」
おっしゃるのはよくわかります。たしかに、「それは何時何分の出来事ですか?」「それが起きたのは、部屋の中ですか? 廊下ですか?」「その時、相手は何と言ったのですか?」などと矢継ぎ早に質問すると、相手は、刑事の尋問のような“圧”を感じて、緊張してしまうかもしれません。
しかし、それは、聴き手が丁寧な言葉を使うからそうなってしまうのです。こちらが身構えるから、相手も身構えるのです。
そこで、この質問はあえてフランクにため口で、友だち同士のように声に抑揚をつけて短く聴くのがポイントです。「それはいつ? へ~先週! 最近じゃない! 金曜日かな?」。このくらいの軽いノリで、自然な好奇心に従って尋ねると、不用意に相手を緊張させることはありません。
「開いた質問」に「閉じた質問」を混ぜる
また、この質問をテンポよく進めるためには、「いつ、どこで、誰が、何を言った(セリフ)」という「開いた質問」だけでなく、時折、「閉じた質問(YESかNOの短い答えになる)」をあえて混ぜるのもお勧めです。「何曜日でしょうか?」(開いた質問)だと、雰囲気が堅苦しくなりすぎるので、あえて「金曜日あたりかな?」(閉じた質問)を混ぜるのです。
大事なのは、長々と重々しい感じで質問しないこと。それでは、せっかく出かかっている話し手の「感情」が引っ込んでしまいます。口調や雰囲気に気を配りながら、テンポよく、快活に、短く尋ねることで、次のような解像度で「エピソード」を聞き出せるといいでしょう。
「先週の土曜日の18時頃、家族3人で外食に行こうと約束していたが、息子が『宿題が終わっていないから待ってくれ』というので、家族で30分待っていた。
しかし、40分過ぎても子ども部屋から出てこないので、催促しに部屋に入ると、彼はゲームをしていた。私はカーッと怒りがわいてきて、『何をしているんだ! 勉強するんじゃなかったのか! お母さんとお父さんはずっと待っていたんだぞ!』と大きな声で怒鳴ってしまいました。
すると、中学生の息子は気圧されて涙を流して怖がったんです。私は、言い過ぎてしまった、と急に恥ずかしくなりました」
このような、脳内に映像として思い浮かべられるような解像度の高さで「エピソード」を語ってもらえると、こちらにも生々しい「感情」が湧き上がってきます。そして、この時、相手に「共感」している状態になっているわけです。
しかも、実は、このお父さんは、「息子が勉強をせずゲームばかりしている」ことに「怒り」を覚えているけれども、さらに一歩踏み込めば、そのような「怒り」を上手に制御できていない自分に対して「恥ずかしい」という感情を持っていることも伝わってきます。こうして、本人も気づいていなかったような、より深い「本音」へと迫っていくことができるわけです。
(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。