ネットの広告では、ユーザーの属性や行動履歴を元にした広告を出すのが主流になっている。しかし精度が向上するにつれて「行動が監視されているようで気持ち悪い」などとネガティブな反応も増えている。日本テレビが、動画配信サービス「TVer」などで配信している新しい広告は、視聴中のコンテンツに合わせて関連性の高い広告を配信する、というもの。例えばドラマの乾杯シーンの後にビールのCMを流す、といった仕掛けだ。視聴者のデータを使わないからプライバシーの懸念がなく、視聴体験を損なわず効果的な広告を実現する。この技術の裏ではGoogleの生成AI「Gemini」が動いているのだが、開発は容易ではなかった。(ノンフィクションライター 酒井真弓)
日本初のテレビCMから約70年。日本テレビがTVerで始めた新しい広告
「ビールを飲むシーンの近くに、ビールのCMがあればいいのに」
テレビ関係者でなくとも、何となく一度はそう考えたことがあるのではないだろうか。ちなみに、日本初のテレビCMは、昭和28年8月28日に放送された精工舎(現:セイコーホールディングス)のもの。ニワトリがゼンマイ仕掛けの時計を調節するという内容で、記念すべき最初の放送では、音が出なかったという逸話が残っている。放送したのは、日本テレビだった。
時は流れ、テレビはスマホでも観られる時代になった。オンライン広告の世界では、長年、ユーザーのネットの行動履歴などを活用したターゲティング広告が主流だ。しかし、その精度が向上するにつれ、ユーザーからは「広告に追われているような気がする」とネガティブな声も挙がるようになった。さらに、AppleのiOSにおける広告トラッキングのオプトイン化や、Google ChromeなどのサードパーティCookie廃止の動きなど、特にリターゲティング広告に必要なデータの取り扱いは年々厳しくなっている。
2022年、日本テレビは「TVer」など動画配信サービスでのより良い広告体験を目指し、独自の「コンテクスチュアル広告」をリリースした。コンテクスチュアル広告とは、ユーザーが閲覧しているコンテンツの内容や文脈に合わせ、関連性の高い広告を配信する仕組みのことだ。
これによって、日本テレビでは、TVerで配信される映像から物体や発言を自動検知し、それに沿ったCMを配信している。例えば、ドラマで乾杯のシーンがあれば、そのコンテンツ内のCM枠にビールのCMを流す。視聴者の興味関心ではなく、今視聴しているコンテンツの「モーメント(視聴者の商品・サービスへの関心が最も高まる瞬間)」を捉えて配信するため、個人データは使わない。プライバシーへの懸念を払拭しつつ、効果的に訴求できるとされている。
日本テレビ 営業局総合営業センター部 次長の山下弘祐さんは、広告主から見たコンテクスチュアル広告の価値に、「商品と新規顧客の出会いの創出」を挙げる。行動履歴ベースの広告には、ユーザーの興味関心から外れた商品を紹介しにくいという課題があった。その点、コンテクスチュアル広告は、これまで関心がなかった商品・サービスとの出会いを自然に演出できる。実際に、他と比較して、コンテクスチュアル広告の効果が高いことも実証されている。
だが、このコンテクスチュアル広告、実装に至るまでが容易ではなく、開発以前のデータの整備だけで3年を費やしている。しかし、生成AIの登場がブレイクスルーとなって一気に加速したという。開発の舞台裏を聞いた。