「人が本を読まなくなる理由」を労働の側面から紐解いた新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)が、ベストセラーとなり話題となっている。著者は文芸評論家である三宅香帆氏だ。2023年と2024年、2年連続でビジネス書ランキング1位を獲得した『頭のいい人が話す前に考えていること』の著者でコンサルタントの安達裕哉氏が、三宅氏に文芸評論家の仕事について話を聞いた。文芸評論家とコンサルタントとの意外な共通点に迫る。(文/神代裕子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)
文芸評論家もコンサルタントも「アジェンダ」を設定する職業
安達裕哉氏(以下、安達) 三宅さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』、とても楽しく拝読しました。三宅さんは“文芸評論家”とのことですが、どんなお仕事なのかとても興味があります。
三宅香帆氏(以下、三宅) 私は評論家とは「批評を商品にして売っている」という気持ちでいます。批評とは、ただの“本の感想”からもう少し発展させたものだと考えていて。たとえば『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の中でも『花束みたいな恋をした』という映画を取り上げていますが、一般的な感想だとこの映画は恋愛映画として語られることが多い。私はそこに、「労働と文化の映画である」という切り口を与えることで、その批評を読んだ人にその視点を提供している、と考えています。
安達 文芸を題材に、議論の土壌を作ったりアイデアを人に与えたりする職業なんですね。
三宅 そうですね。だから、自分の本も世の中に何かアジェンダ(議題)を設定する本になっていればいいなと思っています。
安達 あの本は、非常に考えるきっかけになりました。実は「アジェンダを与える」ことが、まさにコンサルティング会社の仕事の一つなんですよ。お客様に「これが問題ですよね」と意見形成をしないと、相手は動きませんから。
三宅 コンサルタントって、なんとなく「答え出す仕事」というイメージがありましたが、「これについて考えましょう」と問いを立てること自体が仕事なんですね。
安達 まさにその通り。問いが決まると、たいていのお客様は自ら動き出します。うまく問いが設定されると、解決へのモチベーションが非常に上がるんですよ。
三宅 問いを立てることの重要性を感じます。
安達 コンサルタントと文芸評論家の思わぬ共通点が見つかりましたね。
考えたアジェンダはSNSやブログに書いて様子を見る
安達 三宅さんの著書を拝読して、「働いていると本が読めなくなるのか」という問いについて、友人に意見を聞いたりしたんですよ。三宅さんも、本を読みながらアジェンダ設定をしていくことはありますか?
三宅 よくあります。たとえば、去年は映画や本を見ていて「最近は親子の話が多くて、夫婦の話が全然ないな」と疑問に感じたのですが、そこから批評に発展できそうだなと思っていました。また、安達さんの著書『頭のいい人が話す前に考えていること』を読んだときも、考え方を情報として取り入れる部分もありながら、「この本がとても売れているということは、みんな頭が良くなりたいんだな。なんでだろう?」と考えたりもしました。そんなふうに本から新たに問いが生まれることもあります。
安達 SNSにしても何にしても、話題になるものはアジェンダとして面白いですよね。みんなが興味を持つような話題を提案するために、三宅さんがしていることはありますか?
三宅 友人との飲み会などで話してみたりします。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、夫にチラッとタイトルを言ったら非常に反応が良かったんです。「わかるわー!」って。夫や友人など出版関係の人ではない人たちに「なんで今、親子の話がウケるんだろう」とか「こんなタイトルを考えていて」といった話をして盛り上がると、「みんな興味があることなんだな」「この話題は議論が巻き起こりやすいのかな」などと考えていますね。
安達 それは面白いですね。私も本を書く時に、担当編集さんと議論するのですが、読者にウケるかわからないので、試しにブログで書いてみるんです。それで反応が良ければ採用する。似たようなことをしているなと思いました。
三宅 わかります! 私もブログで、まだ生煮えの状態で書いてみて、読者の反応も見ますし、自分自身がもっと書きたいと思うのかどうか、筆のノリもわかる気がするんです。だから、本にする前にWeb上に小出しにしてみるのは良い方法だと思います。
コンサル1年目で習うプレゼン資料の作り方
三宅 安達さんは、プレゼン資料を作る時にはどんな工夫をされているんですか?
安達 本も一緒だと思うのですが、やはり「誰が読むのか」が重要だと思っています。そこが明確じゃないとブレてしまうからです。コンサルタント1年目に、先輩から「プレゼン資料の1ページ目は、『お客様からのご要望』というページにしろ」と習うんです。お客様も何を要望していたかを忘れていることもあるので。これを完璧に作れると、その後の同意が得やすい。でも、ここがブレると提案もスケジュールも費用もガタガタになってしまいます。
三宅 「お客様からいただいたアジェンダは何かを確認しろ」ということですね。
安達 そうです。だから、まさに三宅さんが先ほど言われた「アジェンダを設定する技術」ってかなりコンサルと共通の技術があると思います。
三宅 すごい! 作家業は実はコンサル業だった(笑)。今日1番の学びです。
安達 テキストを読んで納得してもらうっていう意味では、同じかもしれませんね。
お互いの本を読んで思うこと
三宅 私は、安達さんの『頭のいい人が話す前に考えていること』の大きな魅力の一つは、例が多様で面白いことだと感じています。この本は、夫婦喧嘩や会社の上司とのいざこざなど、わかりやすいエピソードがたくさんあって、日本人なら誰もが楽しめる内容になっていると思います。
安達 ありがとうございます。『頭のいい人が話す前に考えていること』は、コミュニケーション本と捉えていただくことが多いのかなと思っているのですが、実際、中身はゴリゴリのコンサルティングファームで教わるネタ本なんです。それをかなりマイルドにして、実生活に応用できるようなテクニックと考え方を伝えています。三宅さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、非常に意外性がある本ですよね。いきなり歴史本かと思わせるような展開で。
三宅 突然タイムスリップしますよね(笑)。
安達 そして、結論は圧倒的に後半の方に書いてある。動画では「開始10秒で結論が出てこないと離脱してしまう」なんて言われていますが、そんな動画に飽き飽きしている方にはぜひこの本を読んでいただきたいですね。きちんとした考察が書いてありますし、読書の歴史も興味深かったです。「昔の人はどのように自己啓発していたのか」といった話が結構面白いので、ぜひ読んでいただきたいですね。
三宅 ありがとうございます! 多くの方に楽しんでいただけたら嬉しいです。
(本稿は、『頭のいい人が話す前に考えていること』の著者・安達裕哉氏の対談記事です)
Books&Apps運営、企業コンサルティング Deloitteにて12年間コンサルティングに従事。大企業、中小企業あわせて1000社以上に訪問し、8000人以上のビジネスパーソンとともに仕事をする。仕事、マネジメントに関するメディア『Books&Apps』を運営する一方で、企業の現場でコンサルティング活動を行う。著書に、2024年・2023年ベストセラーランキングビジネス書部門で1位(日販/トーハン調べ)となった『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)など。
1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。著作に『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』、『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』、『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』、『人生を狂わす名著50』など多数。