世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、空海の『三教指帰』を解説する。
若き日の空海が、考えに考えて、儒教と道教と仏教はどれが一番優れているかについて答えを出した書。もちろん、全部素晴らしい教えであることは間違いない。空海が儒教と道教と仏教を同時に解説してくれるというお得な一冊だ
儒教と道教はどっちがすごい?
空海は『三教指帰』の序章にこの書物を書いた理由を記しています。
「空が晴れ渡っているときには必ず太陽がそのおおもとに現れているように、人が心に何かを感じたときにこそ、人は筆を執って、その思うところを文章であらわすのです」(同書)
空海が24歳のときの著作で、儒教・道教・仏教を代表する3人の人物を登場させ、仏道が最も優れていると説かれるストーリー形式の書です。
仏教に傾倒した空海は、大学(貴族の子弟が通う学校)を中退し、求聞持法(ぐもんじほう)をきわめ、仏道修行をしようと決意しました。『三教指帰』には当時の空海の気持ちが込められています。
この上巻では、儒教の亀毛(きもう)先生という人が、兎角公(とかくこう)の家にまねかれたところ、兎角公の外甥の蛭牙(しつが)公子というグレてしまった青年について相談されました。
そこで亀毛先生は甥を叱ります。彼の両親をうやまわない態度、肉食と酒にまみれているありさま、女性に対する情欲などについてたしなめたのです。
心を入れ替えれば功名をたてたり大成できると説きます。すると蛭牙公子はひざまずいて、心を入れ替えました。
ところが、中巻になりますと、実は座敷のかたすみに道教の虚亡隠士(きょぶいんし)という人がすわっていた様子が描写されます。
虚亡隠士は、亀毛先生に向かって「いまの話はどうしようもない」。「他人の欠点を暴き出してもしょうがない」と全否定。
そこで、三人は、虚亡隠士の道教の教えを聞くことになります。
仏教の真理が究極だという空海の教え
虚亡隠士は、「あなたたちに不死の神術の秘密を教えよう」と仙人になる道を説き始めます。三人はよろこんでこの教えに聞き入りました。
その内容は、肉欲・貪欲を離れ、穀類は毒で、にら、らっきょう、にんにくは猛毒、もちろん酒や肉もダメ。美女に触れたり、歌ったり踊ったりは命を失う行為というように、仙道をきわめるための禁止事項が長々と説かれます。
さらに、仙道の呼吸法や水の飲み方、仙薬による養生ノウハウが語られます。これをきわめると天空に登れるし、テレポーテーションもできるし、若返って不老不死となるそうです。
さらに隠士は世俗の人々が貪欲にまみれて、水の泡のように消えやすい財産をあつめ、分不相応な幸せをねがっていると説きます。
ちょっとでもいいことがあると有頂天になり、悪いことがあると落ち込むと説くなど、現代の一般人を説明しているような鋭いところがあります。
この教えを聞いた三人は、並んでひざまずき、声をそろえて「道教が儒教よりすぐれている」と答えます。
そして、いよいよ下巻では、空海の分身である仮名乞児(かめいこつじ)が登場するのです。乞食修行をしていたら、彼は偶然にこの場にたどり着き、さっきの論争を聞いてしまったのでした。
仮名乞児は、人間は輪廻するものだし、五蘊(ごうん)が仮に合わさってできたものなのに、二人はこれに気づいていないと思いました。そこで、仮名乞児は直接論争をいどまずに二人に手紙を送ったのです。
なんとそこには、儒教も道教も仏教の一部分であるという真理が説かれていたのです。
仏教の真理が賦として記されており、儒教と道教を説いた二人は、これに感激します。最後に儒教・道教・仏教の三教をあきらかにする「十韻の詩」で終わります。
『三教指帰』は、空海の文筆力から伝わってくる響きがありますので、ぜひ原典に触れていただくことをおすすめします。
富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。
【著者からのメッセージ】
私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。
この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。
「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。
「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」
そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。
ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。
「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。
人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。
※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。
もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。
必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。
ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。