視点3
30分の1と7分の1
先述しましたが、今回の報道でKADOKAWAの株価は1.46倍に高騰しました。結果として時価総額は6000億円をやや超えた水準になっています。一方のソニーグループの時価総額は18兆円とわが国第3位の巨大企業です。
仮にソニーグループがKADOKAWAを買収するとしたら、それはソニーグループから見れば30分の1の規模の企業を取り込むことにしかなりません。規模だけ、数字だけを見ればそう見えます。
しかしそれでソニーグループに加わる事業群を眺めると、この買収がもし成立すれば驚くべき多様な戦力がソニーグループに加わることになります。
前述したようにKADOKAWAの源流は旧角川書店グループとニコニコ動画のドワンゴで、そこにゲームのフロム・ソフトウェアが世界的なコンテンツを持っているところまではすでにお話ししています。
それ以外にもということで列挙してみれば、『推しの子』のアニメ制作で知られる動画工房、ゲーム会社ではスパイク・チュンソフトとアクワイアもKADOKAWAの子会社です。
さらにメタバースを手掛けるバーチャルキャスト、バーチャルYouTuberのインフラであるカスタムキャスト、学校ではN高、S高に加えて新設のZEN大学がもし買収が成立したらすべてソニーの傘下に入ることになります。
これらKADOKAWAの事業構成はソニーグループのどの事業セグメントにもすんなりと入りきらない異物です。もっともすっきりとした落ち着き場所は、IP創出事業群としてまとめて7つ目の事業セグメントを新設することです。
ソニーグループが本業として異物を取り入れようとしている、その意味こそが重要なのです。
KADOKAWA買収は
「IP拡張の原動力」になるかもしれない
この新しい事業はソニーグループの中核事業のうち、ゲーム&ネットワーク、音楽、映画の3事業をIPという新しい軸方向へと拡張していく原動力になりえます。
KADOKAWA自体は任天堂や集英社のような強いIPを持っているわけではありません。しかし出版事業をIP軸方向へ拡大していく経験を多く有しています。
その力がソニーグループに加われば、プレイステーションのゲームも、ソニーピクチャーズの映画も、ソニーミュージックの所属アーティストも、それをIP方向へと拡張していく意識がこれまでよりもずっと強くなるのではないかという観測です。
ひとつ付け加えさせていただくと、このような異質な組織の買収は普通の状況であれば起きなかっただろうと思われます。
出版業界でソニーが食指を動かすほどの相手というと、KADOKAWA、集英社ないしは講談社、小学館の4社に限られるでしょう。どの企業も独立色が強く、ソニーの傘下に入るという決断はまず行われないはずです。
にもかかわらず今回の報道につながった背景には、オーナーである角川歴彦氏が東京五輪事件を機に経営の一線から身を引かざるを得なかったことがあったからの事態でしょう。
その出来事がきっかけで、まわりまわってソニーグループを質的に変容進化させる機会につながるかもしれないと考えると、今回の一件は「バタフライエフェクト」がもたらした奇跡なのかもしれません。蝶の羽ばたきが、結果としてどのような新しい未来を生むことになるのか、注目です。