料理は、拡散に限界がある
クリエイティブのジャンルとしての食には、もうひとつ特徴があります。それは、スケールしづらいという点です。
音楽は、マイクなしでも数百人、マイクを使えば1人で数万人を同時に相手にすることができます。また、生演奏ではないものの、ラジオやテレビのライブ中継で何億人が同時にライブ鑑賞することもできる。録音なら、世界中の人がいつでも聴くことができます。
絵画も同様で、美術館に展示されれば1日に数千人が観ることができますし、画像としてインターネットや印刷物で公開されれば世界中の人の目に触れることも可能です。
食は、大量生産される食品は世界中で販売されてはいるものの、料理人が作る料理という意味では、その料理人のキャパシティという限界があります。
一度に作れる人数は限られていますし、実際にレストランを訪れるか、もしくは料理人に来てもらうかして、作ってもらうしかない。
そのキャパシティを超えようと思うと、料理をレシピ化して他の料理人に作ってもらうか、もしくは工場で作れるようにして販売するなど、自分の手を動かさない方法を考えるしかないということになります。
それでも料理が飽きられない理由
先日、「水曜日のカンパネラ」のケンモチヒデフミさんとこの会話をしました。僕は、これが料理人として経済的に成功するうえでの制約、と捉えていたのですが、ケンモチさんの見方は違っていました。
今の時代、音楽は一瞬で全世界に届いてしまうから、昔よりも消費されるサイクルが早くなっている。アーティストはその早くなるサイクルについていかざるを得ず、クリエイティブに時間をかけることが難しくなっている。
逆に、料理は一度に大人数に振る舞えないからこそ、長持ちするし、飽きられない。
目から鱗が落ちる思いでした。確かに一度に大人数に届けられないのは制約ではあるけれど、その分より長く、料理人は人生をかけてクリエイティブを作り上げていくことができる。
そして、食べ手にとっては、それこそがレストランを訪れる魅力ではないかと思います。
(本稿は書籍『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』より一部を抜粋・編集したものです)
1974年兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中、学生寮のまずい食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。南極から北朝鮮まで、世界約127カ国・地域を踏破。一年の5ヵ月を海外、3ヵ月を東京、4ヵ月を地方で食べ歩く。2017年度「世界のベストレストラン50」全50軒を踏破。「OAD世界のトップレストラン(OAD Top Restaurants)」のレビュアーランキングでは2018年度から6年連続第1位にランクイン。国内のみならず、世界のさまざまなジャンルのトップシェフと交流を持ち、インターネットや雑誌など国内外のメディアで食や旅に関する情報を発信中。株式会社アクセス・オール・エリアの代表としては、エンターテインメントや食の領域で数社のアドバイザーを務めつつ、食関連スタートアップへの出資も行っている。