美食=高級とは限らない。料理の背後にある歴史や文化、シェフのクリエイティビティを理解することで、食事はより美味しくなる! コスパや評判にとらわれることなく、料理といかに向き合うべきか? 本能的な「うまい」だけでいいのか? 人生をより豊かにする知的体験=美食と再定義する前代未聞の書籍『美食の教養』が刊行される。イェール大を経て、世界127カ国・地域を食べ歩く美食家の著者の思考と哲学が、食べ手、作り手の価値観を一新させる1冊だ。本稿では、同書の一部を特別に掲載する。

美食の教養Photo: Adobe Stock

日本人は酸味に弱い

 日本人と外国人を比較すると、好みの違いはより顕著になります。特に違うのは、塩味に対する感覚かもしれません。

 スペインで開催されたイベントで、僕、海外に慣れていない日本人、イギリス人シェフ2人でテーブルを囲みました。別のイギリス人シェフが作った同じ料理を食べたんですが、イギリス人シェフたちは美味しいという感想だったのに対し、同席した日本人はしょっぱい、とのことでした。

 僕はヨーロッパの味付けに慣れているし、文化的な違いを踏まえて味覚のストライクゾーンを広めにとっているので、僕の主観的な味覚ではしょっぱいが、ヨーロッパでは適切な塩加減なので、これでよい、と判断しました。

 酸味に対する感覚も、異なるようです。具体的には、日本人は酸味に弱い、といわれがちです。

 フランスのトップレストランで修業した日本人がシェフを務めていた広島のレストランでいただいた、レモンとハーブのグラニテが素晴らしかったので、シェフに伝えたところ、「これを美味しいといっているのは浜田さんと僕だけですよ」といわれました。その店で働く他の料理人やサービススタッフは、酸っぱすぎるとの感想だったようです。

食感、水分量…想像以上に「慣れ」がある

 風味だけでなく、食感の好みも文化によって異なります。よくいわれるのは、日本のジュンサイを苦手とする外国人が多いことです。あのつるつる、ぷるぷるした食感が、受け入れがたいようです。

 一方、モチモチした食感はスペインなどで人気があり、イノベーティブ(既存の料理ジャンルに属さない独創的な料理)レストランに行くと、メニューに「Mochi」という言葉が頻繁に登場するほどです。しかし、他の文化ではこの食感が苦手と感じる人もいるようです。

 また、これはあくまで仮説ですが、ヨーロッパと日本を比べると、唾液の分泌量が違うように思います。文化的な要因か、生物学的な違いによるものかは不明ですが、多くのヨーロッパ人は、バゲットのような乾燥したパンを普通に食べ続けることができます。一方、多くの日本人は口の中が乾いてしまい、食べにくいと感じ、途中で水分が欲しくなる。

 パスタに関しても同様です。イタリアでは、地域によるレシピの違いはあるものの、一般的にパスタはソースが乳化してしっかり絡んでいるもので、食べ終わった後にソースが残らないのが普通です。しかし、日本人の多くは、ソースに水分が多いほうが好みではないかと思います。

 これは、肉に関しても同様です。ヨーロッパの一流レストランで肉料理を食べると、日本人にはパサパサしていると感じることがよくあります。しかし、これは多くの場合、失敗ではなく、意図的な火入れなのです。

 自分の好みは好みとして、あっていい。ただ、国や文化によって好みが異なることを知らずに、自分の好みで批判するのは、違うのではないかと思います。まずは、感覚の違いがあることを知る、これが大事だと思っています。

(本稿は書籍『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』より一部を抜粋・編集したものです)

浜田 岳文(はまだ・たけふみ)
1974年兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中、学生寮のまずい食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。南極から北朝鮮まで、世界約127カ国・地域を踏破。一年の5カ月を海外、3カ月を東京、4カ月を地方で食べ歩く。2017年度「世界のベストレストラン50」全50軒を踏破。「OAD世界のトップレストラン(OAD Top Restaurants)」のレビュアーランキングでは2018年度から6年連続第1位にランクイン。国内のみならず、世界のさまざまなジャンルのトップシェフと交流を持ち、インターネットや雑誌など国内外のメディアで食や旅に関する情報を発信中。株式会社アクセス・オール・エリアの代表としては、エンターテインメントや食の領域で数社のアドバイザーを務めつつ、食関連スタートアップへの出資も行っている。