「高級」だけが美食ではない。美食=人生をより豊かにする知的体験と教えてくれるのが書籍『美食の教養』だ。著者はイェール大を卒業後、南極から北朝鮮まで世界127カ国・地域を食べ歩く浜田岳文氏。美食哲学から世界各国料理の歴史、未来予測まで、食の世界が広がるエピソードを網羅した一冊。「外食の見方が180度変わった!」「食べログだけでは知り得ぬ情報が満載」と食べ手からも、料理人からも絶賛の声が広がっている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。

【人気店に学ぶ】働きたいレストランと「時給30ドル」でも人が辞めていく店の決定的な違いPhoto: Adobe Stock

働きたい職場をどう作るか

 飲食業界では、現在大きな波が押し寄せています。そのひとつが人材不足、そしてもうひとつが働き方改革です。特に人材不足は深刻化しており、アルバイトの時給を1800円以上に設定しても人が集まらないという状況が起こっています。

 アメリカの大都市では、時給25~30ドルを提示しても、飲食業界で人材を確保するのが難しいといった話も聞こえてきます。日本円にすると、およそ時給4700円(2024年5月時点)。もちろん物価が違うので比較はできないですが、深刻な状況を物語っています。

 この状況に対応するための手段は、限られています。どれも簡単なことではないですが、値上げをしたりより高級な業態に転換したりして高い賃金を払えるようにするか、人手が少なくて済むよう効率的なオペレーションを構築するか、です。この流れは、前述のレストランの二極化をさらに推し進める要因にもなっています。

 そしてもうひとつは、一番難しいかもしれませんが、賃金が高くなくても働きたいと思えるような魅力的な職場にすることです。企業の場合、それは仕事の面白さ、働きやすさ、休日の多さ、子育て支援だったりしますが、レストランの場合は、なんといっても料理の魅力やオーナー、シェフの人間性が最も重要ではないかと思います。

多様な働き方を用意できるか

 少しベクトルの違う話ですが、アジアのベストレストラン50で第1位に輝いたこともある神宮前「傳」の長谷川在佑シェフと以前話したときに、興味深い話を聞きました。

 料理人の中には、料理は上手でも、独立に向いていない人もいる。だから、全員いずれ独立することを前提とした組織にするのではなく、独立しないでも働き続けられる環境を用意したい、とのことでした。

 確かに、独立してお店を持つのは、他の業種でいったらスタートアップを起業するのと同じくらい大変なことです。仕事はできても、アントレプレナーシップがない人もたくさんいます。

 なので、長谷川シェフは、独立しなくても働き続け、結婚や出産もできて、幸せに暮らせるだけの安定した収入をそういった優秀な料理人に提供できるようにしたい、といっていました。こうやって働き方の多様性を確保することも、飲食業界への人材の定着を促す方法のひとつかと思います。

(本稿は書籍『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』より一部を抜粋・編集したものです)

浜田岳文(はまだ・たけふみ)
1974年兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中、学生寮のまずい食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。南極から北朝鮮まで、世界約127カ国・地域を踏破。一年の5ヵ月を海外、3ヵ月を東京、4ヵ月を地方で食べ歩く。2017年度「世界のベストレストラン50」全50軒を踏破。「OAD世界のトップレストラン(OAD Top Restaurants)」のレビュアーランキングでは2018年度から6年連続第1位にランクイン。国内のみならず、世界のさまざまなジャンルのトップシェフと交流を持ち、インターネットや雑誌など国内外のメディアで食や旅に関する情報を発信中。株式会社アクセス・オール・エリアの代表としては、エンターテインメントや食の領域で数社のアドバイザーを務めつつ、食関連スタートアップへの出資も行っている。