多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。

【対話術】誰にも明かしていない「深い感情」を、相手から引き出す“意外なコツ”とは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「傾聴」とは何か?

「傾聴」をするうえで大切なことは、相手の心を動かした「エピソード(体験)」を聞き出して、その「エピソード」を追体験することです。

 それはいわば、相手にとって重要な「ワンシーン」をスクリーンに映し出して、一緒にそれを鑑賞するようなものです。そして、相手の「エピソード」にハラハラしたり、ドキドキしたり、怒りを覚えたり、悲しくなったりと、自然と「感情」が湧き上がり、相手の「感情」と響きあう「共感」が生まれます。そのような状態になったときに初めて、「傾聴」ができているのであり、私たちは「深い対話」ができているという感覚を覚えるのです。

解像度の高いエピソードで「感情」を高める

 例えば、「上司と一緒にいるといつも不安なんです」という言葉を聞くだけでは、その不安を生々しく感じることはできませんよね?

 ところが、次のように、頭の中でそのシーンを思い描けるくらいの解像度でエピソードを話してもらえればどうでしょうか?

「上司と一緒にいるとすごく不安になるんです。先週末の1on1の時も、狭くて窓のない会議室で、目の前に座っている上司の威圧感を前に押し黙っていたら、イライラしたように指で机をトントンしながら、“黙っていてもわからない。どうして、先月のノルマを達成できなかったのか説明してよ”と詰め寄られて、体がこわばって、上司の顔も見れなくなっていまいました。そして、“これから自分はどうなるんだろう?”とものすごく不安になったんです」

 先ほどとは違って、相手の感じた「不安」をかなり生々しく追体験できるのではないでしょうか? これこそ「傾聴」の第一歩なのです。だから、私は、質の高い「傾聴」をするためには、「いつ、どこで、誰が、何を言った(セリフ)」を詳しく聞き出すことをおすすめしています。

短い言葉でどんどん「質問」をする

 ここで一つ覚えておいていただきたいことがあります。

 エピソードを聴く時には、「それって何時?」「場所はどこ?」「上司は何と言ったの?」などと、短い言葉でどんどん「質問」することが重要だ、ということです。

 エピソードを聴く目的は、すでに述べたように、解像度の高いエピソードを聞き出すことによって、相手にとって重要なワンシーンを「追体験」することですが、実は、もう一つ重要な目的があります。それは、相手に「いつ、どこで、誰が、何を言った(セリフ)」という質問をすることで、その人にとって重要な場面のことを生々しく思い出してもらうとともに、その時に感じた「感情」を蘇らせることにあります。

 そのためには、聴き手が長々と「質問」をしたり、自分の「意見」を述べたりするのはNG。そんなことをしたら、相手は「重要な場面の映像」を忘れてしまいますし、せっかく高まってきた「感情」も冷めていってしまうからです。

いちいち「理解の確認」をしてはいけない

 ですから、1文字でも2文字でも質問を短く削り、「それで?」「それから?」などと話を促す相槌を挟みながら、「それって何時?」「上司は何と言ったの?」「何て返したの?」とテンポよくフランクな言葉遣いで返すことが重要です。

 よく「傾聴では“理解の確認”が大事」と言われます。「理解の確認」とは、相手が話した内容のみならず、その背後にあるコンテキスト(文脈・事情・ニュアンス)を確認することで、相手との「共感」を深めていく上で重要なものですが、エピソードを聞き出す局面に限っては、この「理解の確認」をしてはなりません。いちいち相手の話を止めて、「理解の確認」をしていると、相手の話すテンポが崩れて、感情が冷えていってしまうからです。

 それよりも、相手が「重要なワンシーン」を詳細に思い出そうとするのを邪魔することなく、手短かな「質問」でどんどん記憶を鮮明してもらうことが大事。そのプロセスで、相手の中には、その時に感じた「深い感情」がどんどんと湧き上がってくるのです。これは、ささやかではありますが、「深い対話」をする上でかなり重要なポイントですので、記憶しておいていただければと思います。

(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。