多くの企業で「1on1」が導入されるなど、職場での「コミュニケーション」を深めることが求められています。そのためには、マネジャーが「傾聴力」を磨くことが不可欠と言われますが、これが難しいのが現実。「傾聴」しているつもりだけれど、部下が表面的な話に終始したり、話が全然深まらなかったりしがちで、その沈黙を埋めるためにマネジャーがしゃべることで、部下がしらけきってしまう……。そんなマネジャーの悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏が、心理学・心理療法の知見を踏まえながら、部下が心を開いてくれる「傾聴」の仕方を解説したのが『すごい傾聴』(ダイヤモンド社)という書籍。「ここまでわかりやすく傾聴について書かれた本はないだろう」「職場で活用したら、すぐに効果を感じた」と大反響を呼んでいます。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、現場で使える「傾聴スキル」を紹介してまいります。
やってはいけない「聞き方」
人の話を聞くときに、やってはいけないことの一つに、「パターンに当てはめる」があります。
これを心理学の言葉では「一般化」と言います。例えば、次のようなやりとりです。
話し手「今年で、営業の仕事も3年が過ぎ4年目になります。最近、ちょっとモチベーションが下がり気味なので、もうちょっとネジを巻き直したいな、と思っています」
聴き手「あぁ、それはマンネリだね。3年もやると慣れて飽きてくる。私もそうでしたよ」
このやりとりの「マンネリ」「慣れ」「飽き」がいわゆる一般化です。本来は「個別的」な話し手の体験を、「パターン」に当てはめてグルーピングしてしまうのです。そして、「その人独自の体験」ではなく、その他大勢と同じ「一般的な体験」と決めつけてしまう。
これでは話し手の体験をリスペクトしているとは言えません。そして、個別的で独特な話し手の体験を曖昧なものにしてしまうのです。このような聞き方をする人に、あなたは本心を明かそうと思うでしょうか?
東日本大震災のボランティアで学んだこと
2011年、2万2000名以上もの方が亡くなった東日本大震災の数週間後、私はがれき処理のボランティアで10日間ほど岩手県を訪れたことがあります。
その時、隊長が私たちに対して、このような注意喚起をしました。
「皆さん、もし被災者の方が『津波で父親を失いました』と話された時に、決して『わかるわかる』と言わないでください。『私も父親を癌で亡くしたのでわかります』(一般化)と言わないでほしい。津波で家族を亡くす体験と、病気で家族を失う体験は、まったく違う(個別化)のです。それだけは気をつけてください」
すべての体験は「独自」で「特別」です。その個別性を無視して、「わかるわかる!」と一般化して、理解したふりをするのは「傾聴」ではありません。
「被災者の悲しみ」と「自分の悲しみ」は異なるからです。すべての出来事は、個人固有の独特の体験です。それを安易に「一般化」してはならない。そうではなく、「個別化」しなくてはならないのです。
「目」と「耳」と「想像力」を使う
では、どのようにして「個別化」すればいいのでしょうか?
基本的に「個別化」するために必要なのは、「自分の体験」を使わずに、「相手の体験」に共感することです。「自分の父親を癌で亡くした体験」は使わずに、「相手の体験」だけを使う。つまり、「被災者の方が津波で父親を亡くされたこと」に共感をするのです。相手の脳の中に一緒に手をつないで入り込んで、そこで起きていることを一緒に体験するようなイメージで共感するのです。
具体的には三つの技法を使います。一つは「目」を使う。二つは「耳」を使う。そして、「想像力(イマジネーション)」を使うの三つです。
「目を使う」とは、「あなたの表情を見ていたら、私も悲しくなってきました」と伝えること。「耳を使う」とは、「あなたの話を聴いていたら、私まで悲しくなってきました」と伝えること。そして、三つ目の「想像力(イマジネーション)を使う」とは、「『もしも私があなただったら』と想像したら、とてもつらい気持ちになりました」と伝えること。
このように、「相手の体験」を「追体験」し、「自分の体験」を持ち出さないことが大切。それが、「一般化」せず「個別化」することにつながるのです。
(この記事は、『すごい傾聴』の一部を抜粋・編集したものです)
企業研修講師、心理療法家(公認心理師)
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。
また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)など著作48冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に心理療法家・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童・保護者・教職員などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。