三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第145回は、組織の浮沈を握る「人事権」の魔力に迫る。
権力の源は「ヒト・モノ・カネ」
投資部主将の神代圭介は、部員たちに順繰りで機械的に次期主将を選ぶ仕組みのメリットを説く。タイムスリップした主人公・財前孝史は投資部の創始者で曽祖父である龍五郎の言葉から、後継者選びから私心を排除するという真意を知る。
どんな組織でも、権力の源は「ヒト・モノ・カネ」をコントロールする権限にある。そして3つの権限の中で最重要はヒト、つまり人事権だ。モノとカネを動かすのは結局ヒトだから当たり前だろう。
サラリーマン社長であっても人事権を掌握していれば強い支配力を発揮できるし、人事を掌握できないトップが求心力を保つのは容易ではない。後継者選定を自動化する投資部の伝統は、最強の権力である人事権の暴走をとめる知恵だ。
人事権を制限する大きな効用は、組織内の派閥争いを抑えられることだろう。人間が集まれば、濃淡こそあれ、派閥ができるのは自然なことだ。だが、そこに「トップの座の争奪」という要素が加わると、組織全体を狂わせるほどの摩擦が生じかねない。
以前、この連載の《無責任企業の「奇妙なインタビュー」夜回り取材で役員A氏が明かした“哀しすぎるホンネ”とは?》の回で紹介した大手企業A社は派閥争いが経営をゆがめた典型例だった。
2つの派閥のバランスをとるため、社長はいずれにも属さない傍流の役員から選ばれていた。派閥間で設備投資の規模まで「痛み分け」となっていて、結果として不採算事業が温存された。
不採算でも規模の大きい部署は数の論理で声は大きくなるから始末が悪い。結局、大幅な赤字でリストラを迫られるまで追い込まれることとなった。
人を狂わせる強力な「魔力」
こうした弊害を防ぐために取り入れられたガバナンス(企業統治)の仕掛けが指名委員会による経営陣の選任・解任だ。
指名委員会の権限は企業のガバナンス形態によって違い、委員会が役員人事の決定権限を完全に握る企業もあれば、あくまで取締役会への助言機関にとどまるケースもある。指名委員会を持つ企業は東証プライム市場の9割に達する。
役員人事の専権を委員会が持つ「指名委員会等設置会社」は、経営トップから人事権を分離する先進的なシステムのはずだが、実はあまり評判が良くない。独立性を保つために委員会の過半を社外取締役で構成する仕組みが逆に「穴」になりかねないからだ。
社外取締役の人事は社長が決めるケースが少なくない。独立とは名ばかりの「お友達」を委員会に並べれば、取締役会の頭越しに人事権を掌握できてしまう。
人事権は組織の興廃を左右するカギであり、その強力さゆえに、時に人を狂わせる魔力をもつ。どんな仕組みを作るにせよ、肝心なのは権力の暴走を防ぐことだ。人が人を支配するシステムの設計には、性悪説に立った幾重ものセーフティネットが欠かせない。