取材記者から見た哲代おばあちゃん
どうしても「家に帰りたい」理由
102歳の終わりから103歳になった2023年の春先、哲代さんは二度の入院を経験する。病院に10分間の面会を許された私たちは衝撃を受けた。哲代さんは栄養剤の点滴をして、車いすに乗って迎えてくれた。
「重病人でございます」と本人はおどけてみせたが、食が細くなっているとのことだった。
ああ、どうしよう―。食いしん坊の哲代さんしか、私たちは知らない。もう一人暮らしは無理じゃないか。勝手に後ろ向きな想像をして落ち込んでしまった。
退院後、哲代さんは姪の坂永弥生さんの家に身を寄せた。ところがすぐに「家に帰る」と言い出した。
弥生さんは繰り返し言った。
「おばちゃん、急ぐことないじゃない。何ならずっとおってくれてええんよ」。でも、どうしても哲代さんは首を縦に振らない。
「早う帰らんといけません。私は家の主ですけえ」。
石井哲代・中国新聞社 著
家に帰るという哲代さんの望みを、弥生さんもかなえてあげたかった。でも次に体調を崩したら命取りになるかもしれない。やすやすと一人暮らしなんかさせられない。
「少しでもここにいる時間を引き延ばせたらって。そればっかり思っていました」(弥生さん)。
そんな弥生さんを「説得」したのは、哲代さんの食欲だった。
次第に家族と同じ量をぺろりと食べるようになった。おやつも完食し、頬が前のようにふっくらしだした。家に帰る、絶対に帰るんだという哲代さんの気迫が伝わってくるようだった。
「ああ、帰してあげんといけんという気持ちになりました」(弥生さん)。
それから哲代さんは驚くような回復力を見せる。杖を突いて懸命に歩く。何か手伝うことはないかとしきりに言い、じっとしていない。
結局、弥生さんの家で1カ月ほど静養し、哲代さんは自宅に戻った。朝食のみそ汁は自分で作り、デイサービスでの食事や宅配の弁当、姪たちのサポートが103歳の一人暮らしを支えている。
取材中、時折ごちそうになる哲代さんのみそ汁。今日もいりこたっぷりで、いつも通りのおいしさだった。