37万部のベストセラーとなった『「学力」の経済学』(中室牧子著)から早9年。教育分野にはすっかり「科学的根拠(エビデンス)」という言葉が根付いた。とはいえ、ジャーナリストや教育関係者が「科学的根拠」として紹介しているものには、信頼性の低い研究も多い。
そこで、中室牧子氏がみずから、世界で最も権威のある学術論文誌の中から信頼性の高い研究を厳選、これ以上ないくらいわかりやすく解説した待望の新刊が発売された。
「勉強できない子をできる子に変える3つの秘策とは?」「学力の高い友人と同じグループになると学力が下がる」といった学力に関する研究だけでなく、「小学校の学内順位は将来の年収に影響する」「スポーツをすると将来の年収が上がる」といった、「学校を卒業した後の人生の本番で役に立つ教育」に関する研究が満載。育児に悩む親や教員はもちろん、「人を育てる」役割を担う人にとって必ず役に立つ知見が凝縮された本に仕上がった。
待望の新刊『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の中から、一部を特別に公開する。
祖父母は忙しい両親の力強い味方
親が十分な時間投資をできない場合に、祖父母に力を貸してもらうことは良いことなのでしょうか。2019年に行われた調査によれば、祖父母と同居している子どもは小学6年生で19.8%、中学2年生で21.2%、高校2年生で21.3%となっています(*1)。
昔と比べれば祖父母との同居率は低下してきていますが、祖父母と一緒に暮らす子どもは少なくありませんし、子育てで頼りになる力強い味方だと感じている人は多いでしょう。
実は、日本だけではなく諸外国でも、外で働く母親が増えてきたことによって、孫の面倒を見ているという祖父母は増加しています。
ヨーロッパでは特に顕著です。イタリアでは、毎日孫の面倒を見ていると回答した祖父母が33.1%、ギリシャでは少なくとも週に1度は見ていると回答した祖父母がなんと48.9%にも達しています(*2)。
祖父母の存在によって母親が外で働きやすくなっているのは間違いありませんが、子どもの教育や健康にはどのような影響を与えているのでしょうか。このことには、世界的に関心が高まっていると言えます。
結論から言いますと、親のお金や時間の不足を祖父母が補うことで、孫の助けになります(*3)。しかし、ヨーロッパのように福祉が充実している国では、保育所やベビーシッターなど、祖父母以外の助けを借りることもできるので、祖父母のもたらす影響は小さくなるようです(*4)。
ただ、祖父母がかかわればすべてが良くなるというわけではありません。世界で行われた206の研究をまとめたシステマティック・レビューによれば、祖父母は孫にプラスの影響をもたらす場合も、マイナスの影響をもたらす場合もあることがわかっています(*5)。
祖父母と同居することは、孫のコミュニケーション力(*6)や言語発達(*7)に良い効果がある一方、肥満になりがちであることを示すエビデンスがあるのです(*8)。祖父母による甘やかしで、「年寄りっ子は三文安い」とならないように注意が必要です。
祖父母と同居すると、孫の学力も上がる
学力や学歴への影響はどうでしょうか。台湾で行われた約1.2万人の中学1年生のデータを用いた研究は、長期間、祖父母と同居した子どもは学力が高い傾向にあることを示しています(*9)。
中国のデータを用いた研究では、祖父母自身の学歴が孫の学歴に影響することがわかっています(*10)。しかもその影響の大きさは親の学歴と同程度だというのですから、かなり大きいと言えそうです。
アジアだけでなく、ヨーロッパ諸国やイスラエルのデータを用いた研究でも、祖父母の存在が孫の学力や学歴にプラスの影響があることが明らかになっています(*11)。
その一方、フィンランドのデータを用いた研究は、少し異なる見解を示しています。フィンランドには、約5万世帯の家族を3世代にわたって調査したという貴重なデータがあります。これを用いた研究によれば、祖父母自身の学歴が孫の学歴に与える影響は小さく、親の学歴が与える影響の10分の1以下にとどまっているということです。
ですが、この研究が言いたかったことは、祖父母の影響が小さいということではありません。祖父母と一緒に過ごす「時間の長さ」こそが重要だということなのです。
この研究では、祖父母と孫が一緒に過ごす時間が10年延びると、孫が高校を卒業する確率が7ポイント増加する、つまり、祖父母と孫が一緒に過ごす時間が十分に長ければ、孫の学歴に良い影響を与えるというのです(*12)。
実は、先に紹介した中国の研究(*13)でも、祖父母が孫と同居していなかったり、すでに死亡している場合、祖父母の学歴は孫に影響しないことがわかっていますから、フィンランドの研究とも整合的です。
フィンランドの研究は、祖父母が具体的にどのように孫を助けているのかを明らかにしています。父方の祖母については、祖母自身が持つ親戚のネットワークを駆使し、孫の学歴が高くなるよう仕向けます。
母方の祖母については、親が離婚したり、収入が減ったりしたときなど、家族の危機が生じたときに孫を助けることで、孫の学歴に良い影響を与えるようです。残念ながらこれらは、父方か母方かによらず、祖父には見られていません。
でも、祖父母は保育所の代わりにはなれない
もし祖父母が健在なら、子どもを保育所や幼稚園に預けずに、祖父母に預けていればよいのでしょうか。
結論から言いますと、それはあまり良いアイデアとは言えません。イギリスの生活時間調査を用いた研究では、祖父母が面倒を見ていると語彙力は高くなるのですが、語彙力以外の能力では保育所や幼稚園で過ごしているほうが有利になることがわかっています。特に、将来の算数・数学につながる能力への効果が大きいようです(*14)。
加えて、祖父母が面倒を見ることで語彙力が高くなるのは、経済的に恵まれた家庭の子どものみであることもわかっています。やはり保育士や幼稚園教諭といったプロの力は確かなものであり、祖父母はその代わりにはなれないということでしょう。
これまでは祖父母の孫への影響を見てきましたが、孫と一緒に暮らしたり日頃から接触を持つことは、祖父母側にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
韓国のデータを用いた研究によれば、祖父母が孫の世話をすることで、祖父母の認知機能が30%程度改善することが示されています。言語力を高め、記憶力の低下を遅らせるようです。つまり、孫の教育にかかわることは、孫に良い影響があるだけでなく、祖父母の側にも恩恵があり、一石二鳥だと言えるかもしれません(*15)。
*1 国立青少年教育振興機構、「青少年の体験活動等に関する意識調査(令和元年度調査)報告書」
https://koueki.net/user/niye/110367133-1zentai_231102.pdf
*2 The Survey of Health, Ageing and Retirement in Europe (SHARE), 2004
*3 Del Boca, D., Piazzalunga, D., & Pronzato, C. (2018). The role of grandparenting in early childcare and child outcomes. Review of Economics of the Household, 16, 477-512.
*4 Deindl, C., & Tieben, N. (2017). Resources of grandparents: Educational outcomes across three generations in Europe and Israel. Journal of Marriage and Family, 79(3), 769-783.
*5 Sadruddin, A. F. A., Ponguta, L. A., Zonderman, A. L., Wiley, K. S., Grimshaw, A., & Panter-Brick, C. (2019). How do grandparents influence child health and development? A systematic review. Social Science & Medicine, 239, 112476.
*6 Cruise, S., & O’Reilly, D. (2014). The influence of parents, older siblings, and non-parental care on infant development at nine months of age. Infant Behavior and Development, 37(4), 546-555.
*7 Reynolds, S. A., Fernald, L. C. H., Deardorff, J., & Behrman, J. R. (2018). Family structure and child development in Chile: A longitudinal analysis of household transitions involving fathers and grandparents. Demographic Research, 38(58), 1777-1814.
*8 Sata, M., Yamagishi, K., Sairenchi, T., Ikeda, A., Irie, F., Watanabe, H., Iso, H., & Ota, H. (2015). Impact of caregiver type for 3-year-old children on subsequent between-meal eating habits and being overweight from childhood to adulthood: A 20-year follow-up of the Ibaraki Children’s Cohort (IBACHIL) Study. Journal of Epidemiology, 25(9), 600-607; Lindberg, et al., (2016).
*9 Pong, S. L., & Chen, V. W. (2010). Co-resident grandparents and grandchildren’s academic performance in Taiwan. Journal of Comparative Family Studies, 41(1), 111-129.
*10 Zeng, Z., & Xie, Y. (2014). The effects of grandparents on children’s schooling: Evidence from rural China. Demography, 51(2), 599-617.
*11 Deindl, C., & Tieben, N. (2017).
*12 Lehti, H., Erola, J., & Tanskanen, A. O. (2019). Tying the extended family knotーGrandparents’ influence on educational achievement. European Sociological Review, 35(1), 29-48.
*13 Zeng, Z., & Xie, Y. (2014).
*14 Del Boca, D., Piazzalunga, D., & Pronzato, C. (2014). Early child care and child outcomes: The role of grandparents. Mimeo
*15 Ahn, T., & Choi, K. D. (2019). Grandparent caregiving and cognitive functioning among older people: Evidence from Korea. Review of Economics of the Household, 17(2), 553-586.
(この記事は、『科学的根拠(エビデンス)で子育て』の内容を抜粋・編集したものです)