高齢になった親に対して、相続の話は切り出しにくい。だが富裕層と呼ばれる人々の中には、相続準備の一環として高齢になった親へ高級老人ホームへの入居を勧める人の姿もあった。ノンフィクションライター・甚野博則氏の新刊『ルポ 超高級老人ホーム』では、様々な経緯で高級老人ホームに入居した富裕層の晩年の暮らしの実態を徹底取材している。だが、高級老人ホームへの入居を勧める以外にやっておくべき相続対策などはあるのだろうか。本稿では、相続問題に詳しいライター・坂田拓也氏に、年末年始の帰省に合わせて親に確認しておくべき事前の相続対策についてご寄稿いただいた。(取材・文:坂田拓也、構成:ダイヤモンド社書籍編集局)
知らなきゃ損する
「2つ」のこと
高齢になった親と顔を合わせる年末年始は、相続について話し合ういい機会だ。だが、いきなり「財産はどう分ける?」と切り出してはいけない。
相続について最初に話すべきことは「相続税の算出」である。相続税の算出は間違える人が意外に多い。相続税を算出して納税資金があると分かれば安心できる。納税資金が足りないと分かれば早めに準備できる。
相続税の制度には、税額を下げることのできる特例が数多くあるが、複雑で改定も多く、すべてを把握するのは困難だ。
新宿総合会計事務所で相続専門チームを率いる税理士の杉江延雄氏はこう説明する。
「それでも、知っておくべきことが2つあります。事前の準備が必要となり、且つ、効果の大きい『小規模宅地の特例』と『生命保険への加入』です」
「小規模宅地の特例」とは、故人である被相続人と同居していた相続人が家を相続する時は、評価額を8割減額できるものだ。(対象は土地だけで、
また被相続人と同居している相続人がいなければ、賃貸物件に住んでいる相続人に限って一定の条件を満たせば、この特例を利用できる。(家なき子特例)
特例の効果はかなり大きい。
特例利用で「雲泥の差」
父親が亡くなり、母親が相続した財産が土地5000万円、預貯金5000万円の1億円として、母親が亡くなった場合の相続人が長男と長女の2人とする。
まず、母親の財産1億円の全額が課税対象になるわけではない。3000万円+相続人の数×600万円の基礎控除がある。
相続人は長男、長女の2人のため、基礎控除額の合計は3000万円+相続人2人×600万円なので4200万円だ。このため、母親の財産である1億円から基礎控除額の4200万円を引いて、5800万円が相続税の課税対象額となる。
5800万円を法定通りに分配したと仮定して、長男、長女はそれぞれ5800万円の2分の1の2900万円。その上で各々が分配される額に税率を掛ける。国税庁のサイトでは、相続税の税率は<1000万円超から3000万円以下=15%>とある。さらに、税率を掛けた後に控除できる額が取得金額ごとに定められ、ここでは50万円を引いた額が相続税として課される。
母親が亡くなった時、特例を利用せずに財産を相続した場合と、例えば長女が母親と同居して小規模宅地の特例を利用した場合の差は以下だ。
遺産1億円-基礎控除(4200万円)=課税財産額5800万円
長男の相続税額 2900万円×税率15%‐50万円(控除額)=385万円
長女の相続税額 2900万円×税率15%‐50万円(控除額)=385万円
相続税の合計額 770万円
遺産1億円-基礎控除(4200万円)-特例利用による減額分4000万円=課税財産額1800万円
長男の相続税額 900万円×税率10%=90万円
長女の相続税額 900万円×税率10%=90万円
相続税の合計額 180万円
小規模宅地の特例を利用すれば、相続税を770万円から180万円まで下げられる。
近年、東京都内は地価が上がっているが、1億円の土地でも評価額を2000万円まで下げられるため、利用価値は大変高い。
この特例は、家族と同居している人が自宅に住み続けることができるようにする行政上の配慮だという。
だが、特例を利用するためには事前の準備が必要だ。
父親が亡くなり、母親が一人暮らしになった時、長男か長女が同居する必要がある。実家を売却するにしても、特例を利用して相続した後に売却するほうが得になる。
ちなみに、例えば母親が老人ホームに入った後に長男か長女が実家で暮らしても同居とは認められず、特例は利用できない。
また、同居していなくても、例えば長男が賃貸物件に住んでいれば特例を利用できる。長男がマンション購入を検討していれば、先送りする必要がある。