「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」――そう語るのは、人気著者の山口周さん。20年以上コンサルティング業界に身を置き、そこで企業に対して使ってきた経営戦略を、意識的に自身の人生にも応用してきました。その内容をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』「仕事ばかりでプライベートが悲惨な状態…」「40代で中年の危機にぶつかった…」「自分には欠点だらけで自分に自信が持てない…」こうした人生のさまざまな問題に「経営学」で合理的に答えを出す、まったく新しい生き方の本です。この記事では、本書より一部を抜粋・編集して紹介します。

「人生で最もコスパのいい資格とは?」年収とスキルの深すぎる関係性を言語化した一冊とは?Photo: Adobe Stock

 本書では競争戦略論の一大派閥であるケイパビリティ学派の中心をなすコンセプト、リソース・ベースド・ビュー(=以下RBV)について考察しています。

 RBVでは、企業の持続的な競争優位性が、その企業が持つ独自の資源や能力に依存する、と考えます。1990年代初頭に、当時オハイオ州立大学で教鞭をとっていたジェイ・バーニーらが中心となって研究を推進しました。
この説明を読んで「おや?」と思われた方もおられるかもしれませんね。そう、この考え方はすでに説明した「ポジショニング」の考え方と真っ向からぶつかる考え方なのです。

 あらためて整理すると、両者を対比すれば、次のようになります。

ポジショニング:企業の競争優位は、その企業の立地=ポジショニングで決まる
RBV:企業の競争力は、その企業の有する独自の資源や能力で決まる

 こうやって並べてみれば、なるほど両者が真っ向からぶつかるのがよくわかります。したがい、両派の経営学者は犬猿の仲と言っていい状態で、中でもポジショニング学派の開祖であるマイケル・ポーターは口を極めてRBVの考え方を罵っています。

 競争優位の形成において本当に重要なのはポジショニングなのかRBVなのか、というのが両者の争点ですが、私自身は、そもそもこの争点の立て方自体がナンセンスだと長らく思っていました。

 経営学は理論物理のようなハードサイエンスではなく、所詮は実学の体系ですから、学術的な洗練性よりも、経営実務の現場で「役に立つ」ことの方がはるかに重要です。

 戦略コンサルティングの現場でポジショニングとRBVの知見を日々、使い倒していた当時の私は、ヒートアップする両者の泥試合を「そんなの“どっちも大事”に決まってるじゃんか」と冷ややかに眺めていましたが、現在の経営学会でもようやく同様の結論に着地したそうなので、この論点に関する考察はここで止めておきましょう(※)。

「手に入らない資源や能力」が大事

 具体的には、RBVでは、次の4つの条件を満たした資源や能力を確保することで、競争優位を確立できると考えます。 

有用性(Valuable):市場機会を捉え、競合と対抗する上で有用であること
希少性(Rare):競争相手が容易に獲得できない希少性があること
模倣困難性(Inimitable):他の企業が容易に真似できないこと
代替不能性(Non-substitutable):他の資源で代替できないこと
 

 有用性については言うまでもありませんが、ここで興味深いのは「希少性」「模倣困難性」「代替不能性」という3つの条件です。これらはひっくるめて表現すれば、RBVでは、保有している能力や資源の「量」は「質」ではなく、その能力や資源の「調達困難性」が重要だと言っているのです。

 この指摘を個人のライフ・マネジメント・ストラテジーに当てはめて考えると、多くの人が身につけるために時間資本を投資しているような流行の資格や学位や知識というのは、RBVの戦略的観点からすれば、実は最も時間資本を投資してはいけない対象だということになります。なぜなら、そのような知識や能力は、他にいくらでも調達が可能だからです。

 例えば一時期、盛んに「これからはSTEMだ」ということが言われました。STEMとは「Science」「Technology」「Engineering」「Mathematic」の4つの言葉の頭文字をとったもので、要は理系の応用系学問の学位のことです。

 このような煽りを受け、子どもにプログラミングを習わせるような人も出てきたわけですが、よくよく注意して考えなければなりません。一時期にある学位やスキルが流行し、そのスキルを身につければ、これから先の人生では常に同年代の労働市場において供給過剰の学位やスキルになるということでもあるのです。

 現在、AI関連のエンジニアの報酬が暴騰しているのは、それが「人気の学位やスキル」だったからではなく、まったく逆で「不人気の学位やスキル」だったからです。

※実証研究の結果は、企業の収益性のばらつきに対して、経済全体の好不況の影響がおおむね1割、業界の魅力度(=ポジショニング)がおおむね1割、個別企業の経営資源の違い(=RBV)がおおむね4割の説明力を持つことがわかっています。残りの4割は不確実性です。